第四話





その夜の事だった。
は、風呂に入ろうと脱衣所で服を脱いでいた。
髪をほどこうと頭に手をやると、そこに簪がない事に気がついた。

「・・・・あれ・・?」

ぺたぺたと髪に手をやって探すが、見当たらない。

「・・・・・・」

脱衣所の床を探しても、ない。

「―――――」
部屋かな・・・・・


部屋に戻ると、は部屋中を探しまわった。
バサバサと物をどかして、手当たり次第に探す。
その勢いで、片隅に灯された蝋燭の灯がゆらゆらと揺れた。

「・・・・・・ない」

物が散乱する部屋に一人、立ちすくむ。
政宗からもらった藍色の簪は、どこを探しても見当たらなかった。

「うそ・・・・・」

かくん、と肩の力が抜け、は一点を見つめたまま、その場に座り込んだ。

「・・・・・どこ、いっちゃんたんだろう・・・・」

呆然としながらも、頭の中では今日一日の自分の行動を振り返る。
・・・ふと、思いあたった。

・・・・・まさか昼間、城下に行った時に?・・・すごい人混みだったし・・・
「落としたのかも・・・・」

・・・・さわ、と夜風が部屋に流れ込む。

「っ――――」

思い立って、は廊下に出た。
・・が。
漆黒の闇がそこには広がっていた。
この時代、街灯のない夜の闇は深い。
危険な事は言われなくとも分かっている。

「――――・・・明日。・・・探しに行ってみよう・・・」

そう言って、はふらふらと布団が敷かれた政宗の部屋へと向かった。







       *







次の日。
は城下に下りると、さっそく聞き込みを開始した。
城下市は今日も繁盛していて、前に進むのも大変なほどだった。

「今日はどうしても一人で城下市に行きたい」とわがままを言って、は女中を連れず、一人で城下に来た。
歩きながら「藍色の綺麗な簪を探しているんです、知りませんか?」と聞きまわる。
しかし全ての人が知らない、と首を横にふった。

「・・・・・」

――今朝。
政宗の顔を見た時、は簪の事を言えなかった。
失くした、と・・・。そう、言えなかった。

毎朝、当の本人は気付いていないかもしれないが、政宗はの髪を見て微笑む。
の髪に飾られた簪を見て、微笑むのだ。

それを見るのが、喜んでくれる政宗を見るのが、すごく嬉しかった。

・・・だから失くした、なんて言えなかった。



「・・・今日も城下に行ってきていいですか?見たいものがあって・・・・」

そう言っては城下に下りてきた。
出てくる時、なるべく髪を見せないようにして・・・。
多分、気付かれなかったと思う。

・・・ごめんなさい政宗さま。
今日だけ、嘘つくこと、許してください。

「早く・・・見つけなきゃ」

出来るだけ早く・・・。今日中に見つけたい。
早く・・早く・・・!


―――そう、思った時だった。
一人の町人の男が「知ってるよ」と言ってきたのだ。

「えっ!ほんとですか!?藍色の簪!?」

は驚いて大きな声を出す。

「ああ。見たことあるよ。昨日、たしか飾り屋の店主が藍色の簪がどうとかって言って・・・持ってたのは確かに藍色の簪だった。」

「――!その!その人は今どこに―――!」

取り乱すとは裏腹に、男は落ち着いた様子で話した。

「確か・・・山道の途中に蕎麦屋があって、そこの娘が簪を欲しがってたから売ってやろう、とかなんとか・・」

「え!?」
売る!?私のなのに――!
「蕎麦屋って、どっち!?山道ってどこですか!?」

「あっちだ、あっち。そう焦らなくてもいいだろう?
・・というか、譲ちゃん一人で行くのは危ないからだめだ。最近ここら辺には山賊が出るって話で―――ってちょっと、あんた!!」

はすでに走り出していた。
後ろで町人が何かを言っていたが、よく聞こえなかった。








第五話






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