第五話





薄色の新芽が息吹く季節、山の木々には小さな葉が芽を出す。

「はあ・・はあ・・・・」

土と小石で作られた山道を歩くことは、現代っ子のには体力のいるものだった。
木々の間から覗く日の光が足元を照らした。

は息を切らしながら、山道を登っていた。
時折すれ違う旅人らしき者は、その額に薄っすらと汗を浮かべながら城下の方へと下っていく。

「はあはあ・・・」

道は徐々に狭まり、次第に馬を連れた人とすれ違う時は、道を譲らなければ通れないほどに細くなっていた。
少し平たんな道に出ると、細道の左右には竹藪が広がり、サラサラと竹の葉の音が風になびいた。

「はぁはぁはぁ・・・・早く・・・簪を・・・・っはーー!つ・・疲れた・・・!」

早く簪を見つけたいという衝動でここまで登ってきた。
が、さすがに疲れては足を止めた。
背後を振り返ると、今歩いてきた森へと延びる道がそこには続いているだけだ。

「たしか・・・竹藪を抜けると街道に出るって言ってたっけ」

先程すれ違った旅人に聞いたら、そんな返事が返ってきた。
その街道の端に、蕎麦屋があるらしい。
はふーっ、と大きく息を吐くと再び足を前に運んだ。
少しづつ下っているその道は、緩やかに曲がっているため道の先が見えない。
竹の隙間から辛うじて道の先を見る事が出来たので、前方から歩いて来る人とぶつからないように注意していた。

「・・・・・・」

ざくざく、と一人分の足音が響く。

サラサラと竹の葉の音。

木々に覆われた先程の山道と違って、背の高い竹に囲まれたこの道は、ほんの少し薄暗く感じられた。

途端、ザク、と背後に足音が聞こえた。
ふ、とは振り返る。

「・・・こんにちは」

見ると、いつの間にか後ろに旅姿の男が立っていた。
ニコニコと人懐こそうな笑顔を浮かべている。

「・・こんにちは・・・・」

「・・・お散歩・・ですか?」

首をかしげて男が聞いてくる。
“お散歩”・・・そう言われて、は自分の格好に気付いた。
旅をする格好ではない。
ちょっと近所に出かけるような軽装だ。

「あ・・・・えと・・・まぁ・・そんな・・とこ、です・・・」

「・・・・ふ〜ん」

男は笑みを浮かべたまま抑揚のない声で頷く。

「・・・・・」

薄暗い竹藪の中。
見知らぬ男に、は少しだけ怖さを感じて「先を急ぎますから」と軽く頭を下げる。
背を向けた所で、ぐっと腕を引かれた。

「!」

「待って。お譲ちゃん、そんないい着物着て、こんなとこ一人で歩いてちゃ駄目だ。」

「―――――」

城下に出る時は、なるべく質素なものを身に着けていた。
しかし見る人が見れば、確かに町人や農民の娘が身に着けるような物ではない。

「持ってるもの、全部置いていきな。そうすりゃ、命までは取らねえよ」

「――わ、私何も持ってません・・!」

「そうは見えねぇんだよなぁ〜」

振りほどこうと手に力を入れれば、それ以上の力で腕を抑えられる。

「ほんとに何も―――」

言いかけたところで、左右の竹藪から数人の男たちが出てくるのに気付いた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、じろじろとを無遠慮に見る。
一目で腕を掴むこの男の仲間だとわかった。
竹藪から出てきた大男は、じろじろとを上から下まで眺める。

「何もねえなら売り飛ばすだけだ。若ぇし、高く売れる。」

そう言って大男がに手を伸ばそうとした瞬間、は自分の腕を押さえている男の手に思い切り噛みついた。

「いてっ!」

手が離れた一瞬に、は竹藪の中へと走る。
不規則に地面から伸びる竹を避けながら、は少し坂になっている竹藪を駆けおりる。

「ハアハアハア・・!」

パシッと葉があたれば、頬や腕が小さく鋭く切れた。
「追え!」と後ろで声が聞こえて、沢山の足音が迫ってくる。

「ハァハァハァ!――あっ!!」

つまづいて、は地面にうつ伏した。
じわり、と膝や腕に痛みを感じたが、すぐに走り出そうと立ち上がる―――瞬間、ぐいっと腕を掴まれた。
後ろに引かれたの体はふわり、と持ち上がり、とん、と地面に足がついた。

「やだ!」

捕まった!と思い、は拒絶の声を上げる。

「落ち着きな!」

すぐ近くで男の声がした。
低くて太い声。
その声は先程の男たちとは違う響きを持っていた。

「――――」

背後を見上げると、――――そこには、眼帯の男。

「怪しいもんじゃねえよ、落ち着きな。」

その男の髪は日の光を反射して、白く、銀色に輝いていた。







第六話






戻る