第七話





「あの・・ありがとうございました」

夕刻。
西の空が赤く染まり始めた頃。
は背後にいる元親に声をかけた。

「おう。いいってことよ。」

ゆらゆらと馬の背に揺られながら、は元親の操る馬に跨っていた。
背後から伸びる元親の腕が手綱を掴み、その間には乗せられていた。

「それより、なかったな簪。」

「・・・・はい・・・」

捻った足の手当ての後、訳を聞いた元親は、蕎麦屋までを馬で乗せて行ってくれたのだ。
しかし結局、蕎麦屋の娘が持っていたのはのとは違う物で、とりあえず日が暮れる前にこうして元親の陣に戻ることを決めたのだった。

「・・・・・そんなに大事なものだったのか?」

簪が見つからなかった事で、肩を落とすに元親が声をかけた。

「はい・・・・大事なものなんです。・・・・大好きな人に、もらったもので・・・」

そう言ってはきゅっと下唇を噛む。

「そうかい。じゃあ・・・残念だったな」

「・・・・・・」

「・・・まぁそう気落ちすんじゃねえ。ちゃんと言えば、そいつだってわかってくれるさ」

「・・・・はい」

後ろから、元親の大きな手がの頭を撫でた。
一見怖そうな元親も、実はすごく優しい人なのだ、とそうは思った。



  



      *







見上げると、木々の間から見える空はすでに薄紫に染まっていた。

ここは、長宗我部軍の陣営。
彼等は山の平らな場所に幕を張り、ここで一夜を明かすつもりらしかった。

すでに先程から宴会が始まっていて、男たちは酒に酔い騒いでいた。
わはははは!と山に男たちの声が響く。
は手当てを受けたあとも結局うまく歩くことが出来ず、天幕の端に用意された木製の椅子に座っていた。

「・・・・」
日が暮れちゃった・・・・どうしよう

宴会の喧騒の中、は一人鬱々としていた。
見上げればカアカア、とカラスが数羽、薄暗い空を飛んでいく。

「・・・・・・」
心配・・・してるだろうなあ、政宗さま・・・

城下市に行ってくるといって城を出てから、もう随分と時間が経っていた。
日が暮れてしまうこの時間では、とりあえず簪は諦めるしかない。けどせめて暗くなる前には城に戻りたい、はそう思っていた。
しかし帰りたいにも足がこの状態では、帰るに帰れない。

「・・・・」

元親に言って馬を借りるしかない、と思いは声をかける。

ゆっくりなら、一人でも馬に乗れるし・・。
「あ、あの・・元親さん・・」

の横で仲間と酒を飲む元親は、酒を片手に上機嫌のようだった。

「あ?どうした。酒、飲むか?」

「い、いえお酒はいいんですけど・・・・あの・・私そろそろ、帰らないと・・・」

「あ?その足でか?歩けねえじゃねえか」

「――そう、なんですけど・・・・えっと、だからその・・・・馬を」

「家はどこだ」

「え、家?・・・」

急に聞かれた“家”には考える。

・・・・何て言おう・・・米沢城、なんて・・・・まさか言えるわけないし・・・
「えっと・・じょ、城下です・・・あっち・・・・・」

言いながらは城下のある方角を指さす。

「もし馬を貸してもらえれば、・・・明日には返しに来ますので・・・あの、貸してもらえないでしょうか・・?」

「・・・・・」

元親は指先の方向を見やって、・・・・ニヤッと笑う。

「その城下ってのは独眼竜の治める国のことだろ。だったら、ちょうどいいじゃねえか。どうせ俺達も明日行くんだ。明日送ってやるぜ。」

「え!?私、今日中に帰りたいんです・・!」

「そうかい。わかったから、怪我人はそこでおとなしく座ってな。」

そう言うと元親はぐいっと酒を飲みほして、また注ぎ始める。

「――元親さん!」

もう話は終わったとばかりに、元親はの方は見ずに酒を飲む。

「――――・・・・」

もう話を聞いてくれないと察して、はぐっと足に力を入れた。
そのままの勢いで立ち上がると、天幕の外へ足を踏み出す。

「ちょっと待ちな!おい!どこ行く気だ!」

ぐっと後ろから腕を引かれる。

「帰るんです!馬、貸してください!明日には必ず返しに来ます!」

そう言ってはずんずんと馬の方へ歩いて行く。
威勢があるわりに、ひょこひょこ、と捻った足をかばいながら歩いて行く
必死なその姿を見て、元親は大きく笑った。

「ははははは!」

背後から聞こえる笑い声にが振り向く。

「おもしれえな、あんた!そうまでして家に帰りてえのか」

「・・・・・悪いですか、家が好きで・・・」

「いや、悪くねえよ」

くつくつと笑いをこらえながら元親が言うと、はむっと口を尖らせて、プイと顔を背ける。

「馬。借りますね。」

ぶっきら棒に言う。

「ちょっと待ちな。」

対照的に、柔らかいその声音に、は一瞬動きを止めてから、ゆっくり振り向く。

「しょうがねえ。送ってやるよ家までな。」

「―――ほんとですか?」

正直、一人で馬に乗るのは少し怖かった。

「こんな刻に女一人、山道行かせられねえだろ?ほら、乗りな。」

そう言って元親は、の腕をグイッと引っ張る。

「わっ!」

ふらり、とよろけたの体を支えると、元親はを横向きに抱え上げ、そのまま馬に飛び乗る。

「きゃあ!」

そのまま元親の前に横向きに座らされて、「しっかりつかまってな。」と両腕を彼の背中に誘導された。
ぎゅっと元親に抱きつくような体勢だ。
「はっ!」と馬の腹を蹴ると、勢いよく馬が走りだした。

「足首、固定はしてあるが痛かったら言え。」

ドカドカと蹄の音が鳴り、木々は視界から次々に後ろへと流れていく。
揺れる馬上では元親を見上げる。

「・・・・元親さん」

「あ?」

そこには少し微笑んでいるような、優しい表情に元親がいた。

「・・・ありがとう、ございます・・・」

「・・・・・・」

先程までの威勢が急になくなったを見て、元親はまた笑ってしまった。




・・・・ところで。揺れる馬の背の上では考えていた。


送ってくれるのはありがたいんだけど・・・

家は・・・どこにしよう・・・。








第八話






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