第九話





後悔した、なんて・・・何年ぶりだったか。

政宗は自室で、座卓を前に考えていた。
ぷか、と煙草をふかすと逆立った自身の心をなだめる。

なぜ今日に限ってに忍びをつけなかったのか。
なぜ今日に限ってを一人で城下に行かせたのか。

政宗は今日一日ずっと後悔していた。
自分への怒りで、帰ってきたに優しい言葉をかけてやることさえ出来なかった。

「・・・・」

ふ〜っと煙を吐き出す。
先に手当てを受けろ、と言い放った時のの顔が浮かぶ。

・・・どうしても、あの時を抱き締めてやれなかった。
長曾我部元親、自分ではなくあの男にを助けられたことが悔しかった。

「・・・・・・」

ふう〜っと一度深く息を吐くと政宗は部屋を出る。
外には深い夜の闇が広がっていた。
・・・とにかく今は、この腕にを抱き締めてやりたかった。














じわり、と足首に鈍痛が走る。
薄く切れた頬や腕、その全てが冷たく凍っていくかのようだった。

ゆらゆらと部屋の隅の蝋燭が揺れ、そこにある闇をさらに濃くする。
は自室の布団の上に、足を伸ばして座りこんでいた。
「あとで来る」と言い残して行ってしまった政宗を一人、待つ。

「・・・・・・」

―――先に手当てを受けろ、

あの時の政宗を思い出してズキと胸が痛んだ。
俯いていると、「」と廊下から声が掛けられた。
小十郎だった。

「入ってもいいか」

「あ・・はい、どうぞ」

スッと戸が開けられると小十郎は何の表情も表わさず、部屋に入ってきた。
そのままの布団の横に座る。

「・・・・政宗様は、じきにここに来られる。」

「・・・」

はただ頷く。

「・・・・・どこで、・・何をしていた

小十郎の静かな、それでいて強い声音が部屋に落ちる。

「・・・・・・・」

「どれだけ政宗様が心配なさっていたか、わかるだろう」

「・・・・はい」

「・・兵をあげて、探しに出るところだったんだぞ。」

「―――・・・」

は、先程見たまるで戦に行く時のような城の様子を思い出した。
灯された灯りは尋常ではないほどだったのだ。

「ごめんなさい・・・」

「・・・・・」

謝りながら俯くに、小十郎は口をつぐむ。
と、・・・トタトタと廊下の遠くから足音が聞こえてきた。
政宗のものだろう足音に、はハッと息をのむ。
政宗の気配を察して、小十郎は場を離れようと立ち上がる。
その小十郎にが咄嗟に声をかける。

「政宗さまは―――」

「・・・?」

途中まで紡がれた言葉に小十郎が振り向く。

「・・・怒って・・ますか・・?」

発した声が無意識に震えていた。

―――先に手当てを受けろ、

あの時の言葉は、まるで拒絶だった。

「・・・・・怒ってはいない。ただ・・・責めておられる。」

「――・・・・」

ドキ、と胸が跳ねた。

責めている――?
「私を・・・?」

「・・・そうじゃねえ。政宗様ご自身をだ。」

「―――え・・?」



「小十郎、いるのか」

途端、戸のすぐむこうから政宗の声が聞こえた。
びくっとは肩を揺らす。
戸がスッと開くと、そこには着流し姿の政宗が立っていた。

「・・・出てろ」

「はっ」

言われて小十郎は出て行ってしまう。
待って、行かないで、と言いたかったが、声が出なかった。
パタ、と戸が閉められる。

「・・・・・・」

部屋に二人。
・・ゆらゆらと小さく蝋燭の火が揺れる。

「・・・

呼ばれて、はびくっと肩を揺らす。
ぎゅっと膝の上で握りしめた手が白くなっていた。

「・・・・・」

政宗は布団の隣に腰を下ろすと、その手をそっと握り締める。

・・・・」

「―――」

・・・柔らかい、優しいその声に、はゆっくりと顔を上げる。

「っ・・・・」

見上げると、そこには柔く微笑む政宗の表情があった。

じわり、と涙が浮かぶ。

「―――ごめんなさい・・・・」

言うと、政宗はフッと笑ってを引き寄せ、ふんわりと抱き締める。
そのあまりに優しい抱擁に涙が流れた。

「ぅ・・・っ・・・・ごめんなさ・・・」

優しく政宗はの髪を撫でる。
簪の事も、嘘をついた事も。全てを話して謝りたかった。








第十話






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