第四話




城下についたのは、明け方近くになってからだった。
馬に乗っている間、は政宗の前に横向きに座り、その胸に頭を預けていた。

・・・やっぱり、これは現実なんだ。

まるで、漫画のように感じていたこの世界。
しかし昨夜の出来事によって“現実”を実感させられた。
馬の歩く揺れ、朝の空気、人の温もり。
その全てが偽物ではなく、本物であるのだと今更ながら感じていた。

「・・・・・・」

ふわりと政宗の匂いが揺れる。

今、頼れる人はこの人しかいない。

元の世界に帰るには、あの山を越えなければならない。
でもそれは、今の自分には無理なことだった。





その日の昼。
政宗は自室で書面に向かっていた。
ふと手を止めると、開け放たれた窓から外を眺める。

「・・・・運命を変える者、か・・・」

昨夜、山の中でを助けた。
あの時の感情をどう表現できたものか・・・。
「変える者」としてか、あるいは「女」としてか。
どちらにしろ、の腕を掴む男たちが、ひどく気に障った。

「・・・・なんだかな・・・・」

よくわからない自分の気持ちに独り言を言って、ぐっと伸びをする。

「政宗さま」

突然、廊下の方から声が聞こえた。

ん?この声は・・・
か。どうした。」

「お茶を持ってきました。」

「What?」

廊下に顔を向けると、そろそろとが部屋に入ってくる。
その手にはお盆。
それに乗せられた茶は、湯気を立てていた。
真剣に盆を見つめて、そ〜っと運ぶ。

「・・・寝てなくて大丈夫なのか?」

トンと机の上に茶を置くと、がようやく顔を上げ、にこっと笑う。

「はい、もう大丈夫です。あの・・・・昨日は、ありがとうございました。」

「Ah?」

「助けてくれて」

「・・・ああ、それか。」

言いながら政宗は茶をすする。
少しぬるい茶に政宗の眉がピクッと反応する。

「・・・・そういや、まだ聞いてなかったな」

「え?」

政宗は茶を置くと、改めての顔を見る。

、あんたはどこから来たんだ?」

「・・・あ。」

そういえば、言ってなかったと思い出す。

「・・・・あの・・・・信じてもらえないかもしれないんですけど・・・」

「・・・・」

“伊達政宗”がいた時代はたしか・・・戦国時代だから
「五百年?くらい先の未来から・・・来ました・・・・」

「・・・・・・・・」

政宗は何の表情も表さず、ただじっとの顔を見る。
その視線があんまり強くて、はおもわず目を逸らした。

「・・・・・またふざけてんのか?」

静かに落ち着いた声が降ってくる。

「う、嘘じゃないです。本当なんです。・・・・・・信じて・・・ください、政宗さま」

「・・・・・・」

は俯いて膝の上で手を握り締める。

「・・・顔上げろ」

言われてゆっくり顔を上げると、じっと瞳を見つめられた。
嘘をついているのか否か、探っているようだった。

目の前の隻眼。
その深い蒼の左目は、キラキラと強い意志に輝く。

は、政宗の目が好きだ、と思った。
力強く、希望を宿した瞳。

その目が緩く細められた。

「Ok!信じようじゃねえか、あんたの言うこと」

「!本当ですか?」

「ああ」

ぱっとの表情が明るくなる。

「え、じゃあ!帰らせてくれるんですか?」

「Hey!なんでそうなる。」

「――そんなあ〜・・・・・」

一瞬の笑顔はどこへやら、途端にしゅんと肩を落とし俯く。
そのあまりに悲しそうな姿がおかしくて、政宗はクスッと小さく笑う。
そんなに嫌ならしょうがない、と一つ提案をする。

「・・・わかった。一生いろとは言わねえ。」

え!?と顔を上げる

「一年だ。一年経ったら帰っていい。」

「い、一年?」

「・・・・・」

占いの結果が出るにしろ、一年あれば十分だろ。
政宗はそう思っていた。

それに・・・・

政宗はが考え込んでいる姿を見て、薄く笑う。

こいつに興味がある。
未来から来たにしろ、この俺から逃げ出した奴は初めてだからな。
普通の奴は俺を恐れて、そんなことはしねえ。

そう思って昨夜の事を思い出す。
賊に襲われ、子供のように大泣きをした

度胸があるんだか、ねえんだか・・・

「・・・・わかりました。じゃあ一年間、お世話になります、政宗さま。」

どうやら決意が決まったらしい。

・・・・いい眼、すんじゃねえか。



こうしては、一年間の奥州での生活を決めたのである。





第五話






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