第三話




秋空は快晴だった。

青い空に、いくつもの薄く細長い雲が流れる。
遠くの山々は七色に色づき、秋の爽やかな風が通り過ぎていく。

奥州、米沢城。

あふっ、と一つあくびをして縁側に横になっているのは、ここ奥州の若き筆頭、伊達政宗だった。
珍しく午前中に今日の仕事を終えた政宗は、うとうとと夢現をさまよっていた。

「Ahー・・・飯食った後は眠くなるな・・・」

のどかな日。
辺りも静かだ。
食休み時間は、普段騒がしい部下たちも昼寝でもしているのか、静かになる。

「ふあ〜・・・・・ん?」

もう一度、大きなあくびをしたとこで、庭の植え込みの奥、石造りの通路を誰かが横切るのを見た。

「・・・・」

誰かは確かめなくてもわかる。
一瞬見えた濃い藍色の布。その珍しい形をした服。

「ったく・・・・crazyな女だ。こそこそと、この城を抜けだそうったって無理に決まってるだろうが。」

門には、もちろん門番がいる。
そこを通るには政宗の許可が必要なのだ。

「・・・・・・・・」

しかし、いつまで経っても戻ってくる気配がない。

「・・・・・・・・・・・・・・」

通り抜けられるはずはないのに

「・・・・ちっ」

舌打ちをして、政宗は仕方なく立ち上がる。
ガリガリと頭を掻きながら門へ向かった。




その頃。

は城門を抜けて、城下まで下りてきていた。
運のいいことに、門番が昼寝をしていたのだ。

「ずいぶん無防備よね。」

昼食後につい、うとうとと眠ってしまったらしい。
そのため、は上手く城を抜け出せたのである。

城下は昼時というのもあって賑やかだった。
本当なら、この珍しい世界をゆっくり見て回りたいのだが、政宗に捕まっては帰れない。
は名残惜しそうに横目で町を見ながら、タカタカと走り抜ける。
昨夜、自分が気を失った戦場は、山の向こう側にある、という事を聞いた。

「だてにタイムスリップものの漫画を読んじゃいないわ。こうゆうのはね、来た時と同じ条件が揃った時に、元の世界に戻れるって決まってんのよ。
夕方まで時間がない。急がないと!」

は城下を抜けると細い山道へと入っていった。
自分の、元の世界に帰るために。







ホーホーとフクロウの鳴き声がする。

山に入ると夜はあっという間に来てしまった。
は、というと・・・
まだ山を登っていた。

「ぜえぜえ・・・・・・」

軽い足取りは、もはやなく、前に進むのがやっとなほど、疲れていた。

「バカだ、私・・・・こんな山、数時間で越えられるはずないじゃん。はーはー・・・」

今更ながら、自分の間抜けさにうんざりする。

「っ・・・はーーー!もう駄目、動けない・・・・」

どさっと大きな木の根元に腰を下ろすと、近くでバサバサと鳥が飛び立つ音が響いた。

「・・・・・」

ホーホーとフクロウの声。

「・・・・・・やばい・・・。ちょっと・・・・怖くなってきちゃったかも・・・」

ギャアギャアと鳥が鳴く。
びくっと体を震わせ、辺りを見渡す。
・・・・と、どこからか話し声が聞こえてきた。

「?」

不思議に思って、声の方へ歩いて行く。
そのうちに声とともに、ほのかに明かりが見えてくる。
松明の明かりのようだった。
光の方を、木の陰からそっと覗くと、そこには五人の男たちがいて、何やら言い争っていた。
ふざけんな、とか殺す、とか物騒な言葉が聞こえてくる。
不穏な空気に、は一歩、あとずさる。
そのうちに一人の男が声を張り上げて、五人のうちの一人を斬りつける。

「ぎゃああ!!」

悲鳴とともに、辺り一面に血飛沫があがる。
ぎくっと、の心臓が跳ねる。
あの日。
この世界に来た時、目にした光景。
あの地獄絵図が、脳裏によみがえる。

「うっ・・・!げほっ!」

途端に気持ちが悪くなって、吐き気が襲ってきた。
立っているのも辛くなって、そのままうずくまってしまう。

「ゴホゴホ!ゲホッ!!」

の声に気付いて、男たちが振り向く。
松明の明かりが、の方へ近付いて来る。

やば・・・逃げなきゃ・・・・
「げほ!おえ・・・!」

「なんだ、女がいるぞ。」

ハッと顔を上げると、すでに目の前に四人の男が立っていた。
手には血がべっとりと付いた刀。
男たちの眼はギラギラと光り、狂気を宿していた。

「いや・・・!」

惨状が――よみがえる。

「嫌っ!!うっ・・・げほっげほ・・うっ・・・・来ないで!」

ぐっ、と全力を足にかけて逃げだす
だが、何歩か進んだところで、強い力に腕を掴まれてしまう。

「嫌ぁ!!」

ぐいっと引き寄せられ、血生臭い匂いがを包む。

「こんな夜中に山道を散歩たあ、無防備にも程があるぜ、お譲ちゃんよお。」

「やだ・・・!放して!」

「まあまあ、怖がるなって。」

狂気の目が、血の匂いが、この男たちの全てが怖かった。

「いや、・・・やだ!」

幾つもの手がを掴む。

「いや!放して・・・・!いやあ!!」

「見つけた!」

――急に、背後の方から声がした。
聞いた事のある、独特の声。
同時に馬の駆ける音がする。

この声は・・・・

「なんだ――、誰だ!!」

男たちは松明を、暗闇に向ける。
スッと闇から現れたのは、弦月の兜に独眼。
伊達政宗だった。

「ぁ・・・・・・」

その姿を見て、体の力が一気に抜け、トサッとその場に座り込んでしまう。
政宗はチラリとを見てから、男たちに視線をうつす。
馬上から、殺気を宿した鋭い眼が見下げる。

「・・・てめえら、こいつに何かしたのか」

冷徹な声が頭に降る。
男たちは、すでに政宗の正体に気付いているらしく、顔面蒼白になっていた。

「いえ!何も!何もしていやせん!伊達様!信じてくだせえ!」

両手を横に振りながら、それだけ言って膝をつき、頭を下げる。

「・・・・・・さっさと失せろ、Get out!」

殺気を込めた声に、男たちは急いで山の奥へと逃げていった。
その様子を、は呆然と見つめていた。

「・・・・・。帰るぞ。」

苛立ちを露わにしている声。
しかし、力が抜けてしまって立ち上がれない。
政宗は馬から降りると、膝を折っての顔を覗きこむ。

「おい!聞いてんのか!」

強く言われて、ようやくは政宗を振り返る。
怒りを宿した綺麗な瞳が、こちらを見つめていた。
途端に、涙が流れた。
そのまま、政宗の首に腕をまわして抱きつく。

「ううぅぅ!!ひっく・・・ひっ!」

「っ、おい!」

「うっひっく・・・こ・・・怖かっ・・・ひっ・・・!」

うええ〜、と子供のように泣き出す

「・・・はあ・・・。自業自得。俺から逃げた罰だ。」

対照的に、政宗は冷静に言う。

「うぅぅ・・・ひっく・・・」

「・・・おい、。」

呼んでも、今は泣くことに精いっぱいなのか、返事すらしない。
息をはねるたび細い肩が揺れる。
かすかに震えて、すがりつくように抱きついてくる。

「・・・・・・はあ〜・・・・」

呆れたように溜息をつくと、政宗はひょい、との体を抱き上げる。
互いの鼻がくっつくほどの距離。
政宗は、視線をから離さない。

「・・・・いいか。怖い思いをしたくねえなら、俺から逃げようなんて二度と考えるんじゃねえ。」

「・・・ひっ・・ひっく・・・」

返事もなく、ただぽろぽろと涙が落ち続ける。
政宗はその滴を、ちゅっと吸い上げる。

「!」

驚いてが止まる。

「わかったか?

「・・・・ひっく・・・・・」

見つめ合ったまま、政宗は笑みを漏らす。

「・・・you see?」

そう言った政宗の顔は、見たことがないほど優しかった。





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