第二十三話





地平線に満月が姿を現した。
青白く輝く満月。
それを見て政宗は、の事を思い出す。

無事に帰れただろうか・・・・。

ズキッと腕が痛んだ。
敵の矢を受けて、ぐるぐるに巻いた左腕の包帯の下からは、まだ血が滲んでいた。

「政宗様」

手当てを施していた戦医が声をかける。

「今夜は満月です。おそらく、夜を徹しての戦となりましょう。」

「・・・・ああ。」

「くれぐれも、無理をなさらぬよう・・・・」

「わかってる」

小高い丘から見下げると、そこには何万という兵。
怒声が飛び交い、刃が擦れる音がする。
その遥か前方、敵の大将の姿が見える。

「・・・・・」

ガチッと刀を掴み、立ち上がる。
ふうっと大きく息を吐くと、政宗は戦場に向かってゆっくりと歩き出す。

あれを取らなきゃ、終わらねえ。

溶けた雪と泥が混じり、足元はかなり悪い。
踏み出すたびに、びちゃっと土の重い音がした。
もう一歩足を踏み出した瞬間、背後で悲鳴が上がった。

「ぎゃああ!!」

「!!」

振り向くと、そこにいたはずの戦医が倒れていた。
その体の下に、じわりと血が広がっていく。
視線を上げると、背後の森の闇からぞろぞろと敵兵が現れた。

「!・・・チッ!」

奇声を上げて政宗に斬りかかってくる。

「ぐっ・・!」

それを片手で防ぐ。
ガキインと大きな音が響く。
その衝撃で、腕に激痛が走る。

「うっ・・・!ぐ・・」

ガクンと膝から倒れる政宗。
そこに大きな声が響き渡った。

「独眼竜!!」

「!?」

次の瞬間、敵兵が次々に倒れていく。

「ぎゃあ!!」

「うわあ!」

その様を見ていると、森の奥から、ふらりと男が現れる。
そこにいたのは、

「―――前田っ!」

「大丈夫かい?」

「お前、なんでここに・・・」

「伊達軍不利の事と聞いて、この前田慶次!及ばずながら手助けを、と思ってね!」

ニカッと笑う慶次に、政宗は苦笑する。

「くっくくく・・・・・・・助かったぜ。」

「もうじき竜の右目が来る。それまで俺が助っ人するよ!」

「!小十郎!?・・・・ここに向かってる、だと?」

「ああ。たぶん、ちゃんも。」

!?どうして、あいつが!」

「どうしてって・・・・まあ、そんな話は後だろ?さっさと大将首を取らないと、戦が終わらない!」

話していると、急に背後の草が動いた。
ガサッという音とともに、隠れていた敵兵が斬りかかってくる。

「伊達政宗!取ったりい!!」

「!!」

「独眼竜!」

振り向くと同時、敵兵が血を吐く。
どさっと地面に倒れたその後ろにいたのは、小十郎だった。

「小十郎・・・!」

「政宗様!ご無事で!」

「ヒュ〜、はっやい到着だねえ。さすが竜の右目ってね!」

政宗は小十郎を見つめたまま、その胸ぐらを掴む。

「小十郎てめえ、なんでこんな所にいやがる!はどうした!ちゃんと帰したのか!?」

「・・・・・・申し訳、ありません。」

「なに!」

怒りをあらわにしている政宗。
その目が、彼女の姿をとらえる。

「っ・・・・・!」

小十郎のうしろ。
その背後の闇から現れたのは、だった。

「・・・・・・

「・・・・・」

不安げな顔で政宗を見つめる。

「・・・・なんで、お前――」

帰ったんじゃ――

途端、がうっ、と顔を歪ませて、走り寄ってくる。
その姿を見て、政宗も走り寄る。

「政宗さま!!」

がばっと抱きついて来る
その体を政宗はしっかりと抱きとめる。

――・・・どうして―――!」

「政宗さま・・・私――・・・・・私!」

言って、うええ〜、と泣き出す
震えるその体を政宗は強く抱きしめる。

「・・・・馬鹿!なんで――帰らなかった・・・!」

「うう・・・うえぇ〜・・・ひっく・・ひっ・・・」

・・・・!」

今、ここにいる。
それは、未来には帰らないということ。
この時代に、政宗のいる時代に残るということ。

「うっ・・・ひっく・・・・まさ・・むね、さま・・・・私、ここに・・・残ります・・・」

ひっくと息が跳ねる。

「政宗さまの傍に、いさせてください・・・!」

「―――当り前だ・・・!」

ぎゅうっと抱きしめ合う。

「ずっと・・・・ずっと傍にいろ。俺が、死ぬまで守ってやる・・・!」

「ひっ・・・ひっく・・はい!」










竜の右目と前田慶次の加わった伊達軍は盛り返し、夜明けまでにはその決着がついた。
もちろん伊達軍の勝利である。

日の出とともに、が控える幕まで引き上げてきた政宗は、の数歩手前で足を止める。

「?・・・・政宗さま?」

「・・・・・・来ない方がいい。血を、浴びてる。」

政宗は全身に血を浴び、蒼の鎧がその赤に隠れてしまうほどだった。
辺りには臭気が立ち込める。

「・・・・・大丈夫、です・・・」

?」

はそう言って、政宗の元に歩いてくる。
目の前まで来ると、持っていた綺麗な布で、政宗の頬についていた血を拭う。

「この時代に生きるには・・・・・このくらい、慣れてみせます。」

そう言った顔は幾分か青白くなっていた。
しかし、必死に耐えているを見て、政宗はニッと笑う。

「上等だぜ、。それでこそ俺が惚れた女だ。」


そして、は政宗とともに奥州へと帰る。
今日からここが自分の家。

今日から、新しい人生が始まる。





最終話






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