第二十二話
ひゅうっと風が吹き抜ける。
もうじき、あの時と同じ瞬間が来る。
「・・・・・・・?」
ふと、何か、変な匂いがした気がした。
なんだろう・・・・
雪の匂い、冬の風に交じって・・・・
何か・・・・不安がよぎった。
突然、ヒヒイィインと耳のすぐ近くで、馬の鳴く声が聞こえた。
驚いて、パチッと目を開ける。
何!?と思って体を起こす。
「!!」
小十郎の叫ぶ声がした。
ハッと顔を上げると、目の前に蹴り上げた馬の足が見えた。
「きゃあ!!」
慌てて立ち上がる。
と、
「あれ!?ちゃん!?」
懐かしい声が馬上から降ってきた。
見上げると、そこには馬に跨った風来坊。
「あっぶない、あぶない!踏みつけるとこだったよ!」
「け、慶次くん!?」
「前田慶次!?なぜこんな所に!」
「竜の右目もいるのか。てゆうか、それはこっちが言いたいよ。なんであんたがこんな所にいるんだい?主を守らなくていいのかい?」
「へ?」
意味のわからない言葉には首をかしげる。
「政宗様の指示だ。余計な口は出すな、前田。」
「余計なことじゃないだろう!戦況は伊達軍が不利!そう聞いて、俺も助太刀を、と思って向かってるとこだってのに!」
「せ・・・・戦況?って・・・・?」
ハッと小十郎の顔色が変わる。
「黙れ前田!それ以上言うな!」
「・・・・・ちゃん、もしかして知らないのかい」
「なに・・・・何をですか!?」
戦況、という言葉に、の頭を“戦”がよぎる。
「伊達軍は今、戦の只中にある。状況は不利。竜の右目がこんなとこにいちゃ、そりゃ不利にもなるって。」
「――――!」
「・・・・・・っ」
小十郎は、政宗に口止めされていた戦の事を言われてしまい、苦い顔をする。
―安心して帰してやりたい―
それが、この娘に対する主君の最後の望みなのだ。
それを叶えてやらなければならないのに・・・
「、戦の事は気にするんじゃねえ。これは政宗様がお考えになった作戦だ。お前は安心して元の世界に帰ればいいんだ。」
そう言うが、はもはや聞いていなかった。
「元の世界?・・・なんだい、そりゃあ・・・・まあ、いいか。今はそれどころじゃないってね!」
そう言って、慶次は馬の腹をひとつ蹴ると、すごい勢いで走っていく。
「とにかく俺は独眼竜の助太刀に行く!あんたたちも早く来いよな!」
そう言い残して、その影は見えなくなった。
あとに残されると小十郎。
陽はだいぶ沈み、西の山に赤が呑まれていく。
は、もう横になって眠ることなど出来なくなっていた。
呆然とそこに立ちすくみ、浅く呼吸を繰り返す。
そこに静かな声がかけられる。
「・・。お前は元の世界に帰れ。それが、政宗様の望みだ。俺はそのために、ここにいる。」
ここに来る途中に、もし危険な事があったら、を守れ、と。
そう言われて、小十郎は戦から外されたのだ。
「・・・・・・」
は何も答えない。
一点を見つめたまま、ただ呼吸を繰り返す。
「!」
「小十郎さん・・・・」
急に声を発する。
そしてゆっくりと振り返る。
「私を・・・・連れて行ってください。」
「・・・・・なに?」
「私を、政宗さまの所に・・・!」
「!!?何言ってる!今ここで帰らなかったらお前は――」
四十年も、ここで――
それはもう、一生に等しい。
「いいんです!連れて行ってください!」
「―――っ」
「だって・・・・、だって!このままじゃ――」
このままじゃ、帰れない!
政宗さまが戦の時に、眠ってなんかいられない・・・!
帰ってなんかいられない!
傍に・・・!
傍にいなくちゃ、心配でいられない!
「連れてって!お願い、小十郎さん!政宗さまの所に!」
「・・・・!」
目に涙を浮かべて・・・
そのあまりに必死な姿に、小十郎は言葉が出なかった。
「・・・・・・もう・・・・帰れんかもしれんぞ。」
「・・・・はい・・・。」
「今ここで帰らなければ・・・・一生、ここで生きることになる。」
「はい。」
強い意志が、その目に宿っていた。
「それでも・・・・。今、政宗さまを置いて帰ることなんて・・・・・私には出来ない!」
「・・・・・・わかった。」
小十郎は馬を引いて来る。
そしてそれに跨ると、手を伸ばす。
「早く乗れ!急ぐぞ!政宗様の元に!」
「―――はい!!」
馬が駆ける。
雪山の中を。
陽は沈み、夜が訪れる。
それはもう、帰れない、ということ。
友達も、家族も・・・・
その全てと、今、別れた。
それでもは、政宗のもとへ走る。
ただ、
一心に、彼を想って。
第二十三話
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