第七話






夜。
甲斐の国、躑躅ヶ崎館。
政宗とは、ここに泊まらせてもらうことになり、隣同士に一部屋ずつ借りることになった。
幸村に案内してもらった客間は広くて、一人で使うには勿体なく感じるほどだった。

「うわ・・・!広い部屋ですね!いいのかな、一人で使っちゃって」

言いながら、部屋の中をうろうろと歩き回ると、その風で蝋燭の火が揺れる。
ゆらりと揺れる炎に、二人の影が動いた。

「・・・・

「はい?」

眺めていた床の間の掛け軸から、目を離して振り返ると、腰に手を当てた政宗が、不機嫌そうに立っていた。

「なんですか?政宗さま」

「お前、あいつにあまり妙な事を言うな。」

「・・・え?あいつって・・・幸村さんの事ですか?妙な事って・・・・??」
なんか言ったっけ?

「・・・・目が綺麗だとか、・・・そうゆうくだらねえ事言うなっつってんだ。」

「くだらなくないですよ。ほんとに綺麗なんですから。」

「だから、そうゆう事を言うのはやめろ!あいつはすぐ本気にする性格なんだ!変な誤解されるぞ!understand it?(わかったか?)」

一方的に強く言われて、むーっとする
強く睨んでくる政宗から、ぷいっと顔を背ける。

「意味分かりません!変な誤解って何ですか?」

「わかんなくていい。とにかく、妙な事は言うな。」

「・・・・・なにそれ。・・・政宗さまって、ちょーわがままー。」

「Ah?今なんつった」

低い声に、ぎくっと肩を揺らして顔をさらに背ける。

「そ、そんなこと言われても、ほんとにそう思ったんだから、い、いいじゃないですか。」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・・」

沈黙が流れる。
初めて政宗に逆らったは、内心ドキドキしていた。

「・・・なら勝手にしろ。後で面倒なことになっても俺は知らねえからな。」

乱暴に言い残して、政宗は部屋を出ていく。
明らかに苛立ちの含まれた声。
それがにも苛立ちを与える。

「・・・なんで怒られなきゃいけないのよ・・・・政宗さまのバカ!」






次の日。
は佐助に案内されて、城内を見て回っていた。
もうほとんど葉が落ちた庭は、いくらか寂しく感じられる。
はというと、
昨日の事が頭から離れず、ぼーっとしていた。

「なんか、今日は元気ないねえ」

ふいに前を歩いていた佐助が振り返る。

「・・・・・え・・?私、ですか?」

「うん。何か、あった?」

・・・そんなに顔に出てるのかな。
せっかく案内してもらってるのに、失礼だよね・・・。
「ごめんなさい、何でもないんです。」

「そう?ならいいんだけど。」

佐助はにこっと笑う。
と、ドタドタと廊下を歩く音が聞こえてきた。

「?」

見ると、その足音の主は佐助の前方から歩いてきた。
大きな体に角の生えたかぶりもの。
両肘、両膝には「風林火山」の文字。

「こんな所で何をしておる、佐助」

「あー大将。ちゃんを観光案内中ですよ」

「か、観光案内?」
なの?これ・・・

殿、今朝はすまなんだ。色々と忙しかったもんでな。」

「い、いえ!とんでもないです!」

甲斐の虎、武田信玄に初めて会ったのは、今朝、客間で寛いでいる時だった。
所用を終え、無事に帰ってきた信玄は、客人の政宗とにわざわざ挨拶に来てくれたのだった。
しかし、まだ仕事が残っていたのか、挨拶を済ませると足早に部屋を後にした。
その事を今、詫びたのである。

「ところで、伊達の子倅と幸村が中庭で稽古をしておるらしいぞ。」

「え、またあ?旦那たちも好きなんだからー」

佐助が頭を掻きながら、呆れたように言う。

「今からわしも様子を見に行く所だ。暇があるようなら、殿も見に行かんか?」

「・・・え、あ・・・はい・・・」

昨日喧嘩したばかりだ。
気まずくて、あまり会いたくなかったが、信玄の誘いを断るわけにもいかず、は仕方なく中庭に行くことにした。





中庭に着くと、そこにはピリピリとした空気が漂っていた。
手にそれぞれ、刀と槍を持った両者が対峙している。
それは昨日の、木刀の稽古とは明らかに違った。
つよい鋭気が満ちる。
その殺気にも似た、あまりに強い“気”に、ドキリとする。

「・・・・真剣勝負か。熱くなりすぎなきゃいいけど。」

佐助が独り言を言うその横で、信玄とは二人の様子を静かに見守っていた。

ギイン、と刃がぶつかり合う音。
政宗の頬と幸村の腕に、ツゥ・・・と鮮血が流れる。
政宗はにやりと笑うと、幸村に斬りかかる。
キン、キン、と刃の音が響く。
パシッと乱れ散る、赤い血。

「・・・・ちょーっと、ヤバくないすかね、大将。」

さらに激しくなっていく刃のぶつかり合い。
相手を倒すことに集中していく両者。
何も言わず見ていた信玄が、熱くなる二人を止めるため、中庭に下りる。

「・・・・・・」

は何も言えず、ただ二人の戦いを見ていた。
空に散る鮮血が、目に焼き付く。

あの時と・・・・同じ色。

・・・・・怖い・・・

「っ・・・・ゴホッ!・・・」

有無を言わさず蘇る記憶。
臭気と血の赤を思い出してしまった。

「ゴホ!ゲホゲホッ!うっ――っごほっ!」

「?ちゃん?」

隣にいた佐助が声をかけると、その声に気付き、信玄も振り返る。

「ゴホゴホ!ぅっ・・・おえっ・・・ゲホッ!」

ガクンと膝から崩れ落ちるを、佐助が支える。

「ちょ、大丈夫?ちゃん!?旦那!竜の旦那!」

政宗を呼ぶが、当の本人は戦いに入り込んでしまっていて、全く聞こえていない。

「旦那!―――ちゃんが大変だって!」

その言葉に、ハッと政宗が正気に戻る。
途切れた殺気に、つられて幸村の目にも、いつもの色が宿る。

?」

うずくまっているを目に捉えると、政宗はすぐに駆け寄る。

「どうした、気分が悪いか?」

「ゴホゴホッ!うっ・・・んっ」

「どうしたでござるか?!」

「血が苦手なんだ。休めば治る。」

政宗が言うと、信玄は佐助と幸村に、休めるように準備をしろと指示を出す。
バタバタと二人が廊下を駈けて行く。

「ゲホ!うっ・・・!ごほごほ!」

むせるの背を、政宗がそっと撫でる。
自分の胸に寄りかかるように引き寄せて、体を支えてやる。

「落ち着け、大丈夫だから。。」

「う・・・ケホケホッ!」

「客間に布団を用意させる。落ち着いたら来るといい。」

「ああ、わりいな、武田のおっさん。」

信玄は言い残してその場を離れていく。

「は・・・はあ・・・っ・・・はあ」

ぎゅっと目を瞑り、呼吸を落ち着かせようとする
その頬に、政宗の手が触れる。

「目、瞑るな。嫌なもんが見えちまうぞ。」

そう言って、の顎をくいと持ち上げる。

「俺を見てろ。」

「はあ・・・・・はあ・・まさ、むねさま・・・頬に・・・傷が」

赤い血がツ、と流れていた。

「大したことねえよ。」

「はあ・・・は・・・」

きゅっとその胸にすがれば、政宗がそっと包んでくれる。
そこに安心感が生まれる。
政宗の匂い・・・・
初めてそれを知った時から、強く感じる安心感。

「・・・・政宗さま・・・」

徐々に呼吸が落ち着いて来る。

「・・・大丈夫だ。俺がついてる。安心しろ。」

「・・・・・は、い・・・」

トクントクンと政宗の心臓の音。

いつの間にか、呼吸はすっかり落ち着きを取り戻していた。






第八話






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