第九話






奥州に着いたのは夕方だった。
陽はもう低く、冬の冷たい風が体をなぞる。

「お帰りなさいませ、政宗様」

米沢城の門をくぐると小十郎が迎えてくれた。

ゴゴオンと背後で門が閉まる。
政宗は馬から下りると、まだ馬上にいるに手を伸ばす。
が慣れたように、政宗の肩に腕を回すと、ひょいと体を持ち上げて馬から下ろしてくれる。
甲斐に出かけてる間に、随分と親しくなった二人を見て、小十郎は少し驚く。

「・・・・なんだ?小十郎」

「あ、い、いえ。」

じっと二人を見ていた小十郎は、慌てて視線を離しゴホンと咳払いをする。

「政宗様、お疲れのところ、まことに申し訳ないのですが、」

「・・・・・Ah?」

そこで言葉を切る小十郎を訝しく見て、それから政宗は察したように、Okと言って城内へと歩き出す。

「え?なにがOk?」

二人は、首をかしげるを置いて、さっさと歩いていってしまう。

「あの、政宗さま?」

「今日はゆっくり休めよ、。」

と、背中を向けたまま言って城に入っていった。

「なんなの?・・・・」


話の内容を知ったのは夜中になってからだった。






次の日、明朝。
辺りはまだ薄暗く、冷たい空気が吐く息を白く染める。
米沢城の城内には兵士たちが集まり、ザワザワと何やら話をしながら士気を高めていた。
は厚手の着物を羽織り、建物の陰から顔を覗かせて、兵士たちの様子をうかがっていた。

戦が始まる・・・

夜中、「明朝、出陣」と聞いて突然の事に驚いた。
甲斐で楽しく過ごしてきたのに、帰ってきた途端に戦。
戦国時代。
世には戦があふれ、我先にと天下を狙う。

みんな無事に帰ってくるんだろうか。

正直、戦というものにあまり実感がない。
しかし、それがどうゆうものなのかはわかる。

今この時生きている者が、一瞬で死ぬかもしれない。

それが戦だ。

深刻に考えているをよそに、
わはははは、と兵士たちの間に笑い声が上がる。

「・・・・・・」

不思議に思う。
これから戦場へ向かうというのになぜ笑えるのだろうか。

じぃっと兵士たちを見ていると背後から急に声がかけられた。

「なんだ、起きてきたのか」

ハッと振り向くと、そこには弦月の兜をかぶった政宗がいた。
月明かりに照らされ、その飾りが鋭く光る。

「―――」

その姿を見て、ぎゅっと胸がしまる感じがした。

この人も、もしかしたら・・・・死んでしまうかもしれない。

「?どうした?」

政宗を見つめたまま動かないに声をかける。

「あっ・・・・ま、政宗さま」

「Ah?」

死なないで、ほしい・・・。
ここでお別れなんて・・・・そんなのは嫌だ・・・。

「・・・・・し、・・・・死なないでください。」

「・・・・・」

急に寂しくなった。

この人が死んじゃったら・・・・
私はどうすればいいんだろう・・・・

じわりと涙が浮かぶ。

死なないで。

強く願う。

俯いて涙目になっているを見て、政宗はフッと笑う。

「It is natural.(当たり前だ)」

そして、ポンと頭に手を乗せる。

「・・・・お前はここで待っていればいい。」

そう言った声が、あまりに優しくて、ぽろ、と涙がこぼれた。

「・・・・は、い・・・」

ぐしぐしと涙を拭いていると、ふ、とそこに影がおちる。

「?」

顔を上げると、ちゅっとの額に、政宗の唇が触れた。

「!!!?」

一気に耳まで真っ赤になる
その様子を見て、政宗はくっくっ、と笑う。

「Wait at ease.(安心して待ってろ。)」

言って、政宗は優しく微笑んだ。
そして、そのまま兵士たちの中へと入っていく。
先には小十郎が待つ。

「Are you ready guys!?」

「「「Yeah!」」」

政宗の言葉に、一気に士気が高まる。

「この戦、二十日で終わらせる!しっかりついてこい、てめぇら!」

「「「おおお!!」」」

「It goes gaily!(いくぜ!)」

バアン!と城門が開かれ、けたたましい馬足の音が走り抜けていく。
あっという間に姿が見えなくなってしまった。

「・・・・政宗さま」

は、自分の気持ちが揺れるのを感じた。







第十話






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