第十話






政宗たちが戦に出てから、すでに二十日が経っていた。
戦況の報告は、まだない。


その日、は城内にある中庭で、ぼーっとしていた。
政宗が戦に出てから、ずっとこの調子だった。
時に、女中が心配するほど気が抜けてしまっている事もあった。

「・・・・」

一年後に元の世界に帰れる。

こちらの世界に来たあの日と同じ条件が揃うのは、一年後の同じ日しかなかった。
それは偶然にも、政宗が決めたの滞在期間と一致した日だった。
女中が言うには、満月があの山向こうに見えるのは、その一日だけだという。
どうしてそのような事を気にするのか、と聞かれたが、そこはどうにかごまかした。
が未来から来たという事は、政宗と小十郎しか知らない事だったからだ。

「一年・・・・」

ポツリと呟いた時だった。
廊下を走る音が聞こえてきた。

様!」

姿を見せたのは女中。
尋常でないその様子に、は走り寄る。

「どうしたんですか!?何かあっ――」

「政宗様が!政宗様が負傷されたそうです!」

「え!?」





伊達軍の勝利に終わったその戦は、実は二日前には決着がついていた。
しかし、政宗の負傷により、奥州へ帰る前にどうしても療養する必要があったのだ。
それほど傷は深いと思われた。

「それで――政宗さまは?大丈夫なんですか?」

「・・・・はっきりとはわからないのですが、ただ・・・・深手を負われて、たいへん危険な状態だと・・・・」

「そんな――っ・・・!」

血の気が引く。

まさか、あの政宗さまに限ってそんな事・・・

の顔を見て、女中はそっと背を撫でてくれる。

「大丈夫でございますよ、様。殿はそれしきの事で、お倒れにはなりませぬ。」

「・・・・・・・・・・」
ちょっと・・・・・待って・・・・・

は呆然としながら、考えていた。
“伊達政宗”は、いつ死んでしまうのかと。

確か・・・・歴史上では――・・・
いつ死んじゃうんだっけ・・・・
まだ、大丈夫だよね・・・
まだ死なないよね

必死に歴史を思い出そうとするが、戦国時代の歴史など詳しくない。
だれがいつ死んでしまうかなど、わかるはずがなかった。

「っ・・・・」

やだ・・・・

「―――」

やだやだ!
死んじゃやだ!政宗さま!

もし政宗さまが死んじゃったら・・・
私は一年間・・・
一人で、ここで何をしてればいいの?

――「Wait at ease.(安心して待ってろ。)」――

「うぅ・・・」

ぽたぽたと涙が落ちる。
あの時の政宗の顔が浮かぶ。
最後の、優しい顔。

「やだよ・・・・!」
お願い・・・一人にしないで・・・・!

「政宗さま・・・!」

しくしくと泣くの女中が慰める。

その夜は、一睡も出来なかった。










次の日の朝。
自室で、ぼーっと庭を眺めていたは、城下の騒がしさに気付く。

「・・・・?」

なんだろうと思い、廊下に出ると女中が駆けてきた。
その顔は嬉しさでゆがんでいる。

様!殿の――政宗様のお帰りです!!」

「っ!!」

聞いた途端、はバタバタとその場を駆けだす。

「政宗さま・・・!」

急いで城門近くまで来ると、そこに彼の姿を見つけた。

「ハア・・・・ハア・・・」

ちょうど門をくぐってきた政宗は、まるで怪我などしていないかのように、堂々と馬に跨っていた。

「――政宗さまっ・・・」

姿を見てほろほろと涙がこぼれる。

「ぅ・・・・っ・・」

それ以上、涙で姿を見ることが出来なかった。
両の手で顔を覆って、広場の端で一人泣く。

そんな中、政宗の周りには、わらわらと家臣たちが集まり、喜びを口にする。

「おかえりなさいませ!殿!」

「よくぞご無事で!」

人だかりの中、政宗は馬を下りる。

「話は後にしろ。政宗様はお休みになる。」

そう声を上げたのは小十郎。
よく見ると、政宗の足元はおぼつかないようだった。

「民には、政宗様の負傷した姿など見せる必要はない。今は療養が先だ。床の支度をしろ。」

そう言うと小十郎は政宗の肩を支える。
どうやら深手を負ったというのは本当の事らしかった。
しかし奥州を統べる者として、民には怪我をした姿など、決して見せられない。
そのため、城に入るまでどうにか体を持たせたのである。

「っ・・・・」

「政宗様・・・」

「大丈夫だ、小十郎。・・・・・それより、は」

「え、あ・・・・・・」

言われて、小十郎はきょろきょろと辺りを見回す。
と、広場の一番端にその姿を見つけた。

「端の方に控えております。」

「そうか・・・・後で、呼んでくれ。」

「はっ。」

そう言って政宗は支えられたまま城へと入っていく。


戦は勝利。
奥州の城下ではその夜、宴が開かれた。







第十一話






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