第十四話





あれから、まともに顔を見てくれない。

私の事、嫌いになった?
私が、気安く眼帯に触ろうとしたから

「・・・・ごめんなさい。・・・もう、触ろうとしないから・・・・」

「・・・・・・・」

「お願い・・・・・」

――嫌いにならないで。――

「・・・・・」

涙声で、がそう言った。
俯いて、両手を膝の上で握りしめている。
政宗は、その言葉を呆然と聞いた。

どうして・・・・俺が・・・

「俺が、嫌いになるはず・・・ねえだろ。」

嫌われるのは、俺の方だ。

がふと顔を上げる。
政宗がを見ていた。

「違う・・・そうじゃねえんだ、。俺は・・・・この右目、お前に見せるわけにはいかなかっただけだ。」

「・・・・・どうして・・・?」

あんなに強く手を掴んだ。
見せるわけにはいかない・・・もっと強い意志の表れだった気がする。
じっと見つめていると、ゆっくりと政宗が語りだす。

「・・・俺の右目は・・・・ないんだ。眼球が、ない。」

「!」

が驚きに目を丸くする。
構わず、政宗は続ける。

「ガキの頃、病でこの目を、取り除いた。ここには・・・」

言いながら眼帯をトントンと叩く。

「穴が空いてるだけだ。」

「・・・・・」

は政宗を見つめたまま動かない。

「母親でさえ、俺を気持ち悪がって捨てた。俺の右目を見れば、あんただって・・・・」

・・・・・その先は・・・・口に出来なかった。

――俺が嫌になる。――

そう言えなかった。

左目が自分の足元を映す。

この目を綺麗だと言ってくれた。
唯一残った左目を。
それだけで、十分だ。

政宗はそう思った。

途端にふわり、と視界が遮られた。
政宗は目線を上げる。
そして、自分の今の状況を知る。

の腕が、政宗の頭を抱え込むように、抱き締めていた。

「・・・・・・ひっく・・・」

耳のすぐ横で、小さく泣き声が聞こえる。

・・・?」

「・・・政宗さま・・・・ひっく・・・」

抱きしめながら、は泣いていた。

「ま、・・政宗、さまはっ・・・ひっ・・・」

いつも強くて、守ってくれて、優しくて・・・・・
なのに・・・・

「ひっ・・・うぅ・・・」

なのに―――こんなにも、傷ついてる・・・・

「そんな・・・・悲しい顔、しないでください・・・・」

気持ち悪いなんて・・・・
たとえ、もし本当にそうであっても、そんな事は言わない、思わない。
絶対に

「私はっ・・・気持ち悪いなんて・・・思いませっ・・・絶対、思いません!」

「・・・・・

ひっくひっく、と息が跳ねる。
そのうち、そっと腕を解いて、鼻がくっついてしまうほどの距離で政宗を見つめてくる。
そして、そっと眼帯に触れる。

「・・・・・・」

政宗はもう何もしなかった。
ただ蒼い隻眼で見つめ返す。

「見ても・・・・いいですか?」

「・・・・・・・・」

沈黙が流れる。
いつもの色とは違う、影を含んだ蒼眼が、を見つめてくる。

「・・・・ああ。」

政宗は覚悟を決めていた。
拒絶される覚悟を。


・・・そっと、眼帯が解かれる。
政宗の右目が、の目に映った。

うっすらと開かれたまぶたの下には、薄黒い肌のようなものが見えていた。

「っ・・・・」

見たことのない様子に、は驚き息を詰める。
政宗はその様子を、じっと見つめていた。

これで・・・・・・とも別れだ。

そのうちにの目から一粒、涙が落ちた。
その顔がゆっくりと近づき、唇が、政宗の右目、まぶたに触れた。
ぽたっとの涙が、政宗の頬を伝う。

「っ・・・・!?」

ぐっと肩を押しやると、は泣いたまま、柔らかく笑った。

「私、政宗さまの目、好きです。」

政宗は左目を見開く。
ぽろぽろとの目から涙がこぼれる。

「綺麗で、強くて、・・・・大好きなんです。だから・・・・気持ち悪くなんてない・・・。怖がらないで、政宗さま。」

「――――っ」

はもう一度、右目に触れる。
愛おしそうに、優しく。
気持ち悪いとか、怖いとか、そんな感情はなかった。
ただ、今、目の前にいる彼が、愛おしかった。

ちゅっと、もう一度そのまぶたに口付けを落とす・・・。

「・・・・・・っ・・・!」

一瞬、泣きそうな顔をして、政宗は強くの体を抱き寄せる。
その首元に顔をうずめて、政宗は心で泣いた。

「嫌われること・・・・拒絶されることなんて、慣れたと思ってた・・・・」

の耳元で、切なく、かすれた声が響く。

「でも・・・・あんたにだけは、嫌われたくなかった・・・・!」

「政宗さま・・・!」

強く抱きしめてくる政宗に、も強く抱きしめ返す。

「うっ・・・ひっく・・・・・」

の涙が止まるまで、

政宗の心が泣きやむまで、強く、強く。






第十五話






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