第十五話





次の日の朝。

昨日から降り続いていた雪は止み、世界は一面の雪化粧を施されていた。

は自室でせっせと着替えをしていた。

こちらの世界に来た時は、着物も一人で着られなかったが、今では慣れたもの。
二十分もあれば、きちんと着られるようになった。

「・・・よし。」

きゅっと帯位置を決めると独り言を言う。

ちゃん、起きてるかい?」

「え?慶次くん?」

突然、廊下から呼ばれて、戸を開けると慶次が立っていた。
どうしたの?と聞くとニカッと笑って

「俺、そろそろ行くからさ。」

「え?行くって・・・」

「たまには、まつ姉ちゃんの飯食いたくなってきたから、帰るよ。」

まつ姉ちゃん・・・?
「はい、あ・・・政宗さまは・・・」

「ああ、もう挨拶したから大丈夫。もう、喧嘩しちゃ駄目だぜ?二人仲良くな!」

「へ?な、何言って・・・!」

「はははは!恥ずかしがるなって!そんじゃあ!」

そう言って、前触れもなく、ポンと庭に下りて歩き出す。

「え、あっ!元気で、慶次くん!」

「おう!今度は独眼竜と遊びにきてくれよな!」

背中を向けたまま大きく手を振る。
夢吉が、その肩から手を振っていた。

「・・・・・」
あっさり・・・帰っちゃうのね・・・・

急な別れに少し寂しさを覚えながら、は政宗の所に向かった。





政宗の部屋を開けると、そこにはもう書面に向かう政宗の姿があった。
急に、ドキッと胸が鳴る。
昨日のことが思い出された。
ここに来てから初めて、政宗の心に触れた気がして、ドキドキの半分、は嬉しさを感じていた。

。」

呼んで、自分の隣を指さす政宗。
静かにそれに従って横に座ると、くっと引き寄せられて、
まるで挨拶代わりのように、頬に口付けをされた。
かあ〜っと顔に熱が上る。

「風来坊も帰ってったことだし、午後は城下に行くか、。」

政宗は、の髪をそっと撫でながら微笑む。

「は、はい。」

緊張して答えると、笑い混じりに「よし。」と政宗が答える。

「何が欲しい?」

「え?・・・欲しいもの?ですか?・・・・」

急に聞かれて戸惑う。
この世界に来て欲しいものなんて、特に考えた事がなかった。
う〜ん、と考え込む
その間もずっと政宗は、の頬や髪を撫でていた。

その様子に、政宗の所に来た小十郎が気付く。

「おう、小十郎。」

「あ、おはようございます、小十郎さん。」

「・・・おはようございます、政宗様、。」

「今日の午後は休みだ。こいつに、欲しいものを買ってやることにした。」

顎で指して、笑顔を見せる政宗。
を見るその視線が優しさを含んでいて、小十郎もつられて柔らかく笑む。

「かしこまりました。」

「でも欲しいものって・・・・私、特には・・・」

「ねえのか?」

「・・・・・・ん〜・・・お団子、とか?」

「色気より食い気かよ。」

「だって〜・・・」
思いつかないんだもん・・・

二人の様子を見て、小十郎はくすっと笑い、それから考えに沈む。

その考えを口にしたのは、が部屋を後にしてからだった。









「・・・政宗様。」

呼ばれて、政宗は、ん?と書面から顔を上げる。

「大変、差し出がましい事ではありますが・・・」

「Ah?・・・なんだ、小十郎」

その真剣な表情に、政宗は持っていた筆を置く。

「・・・を・・・・娶られてはいかがでしょうか。」

「What?」

「先ほどのお二人の様子を見ていて、そう、考えたのです。」

「・・・・・」

「貴方様が心を開かれている者を、この小十郎、見たことがありませぬ。」

「お前には開いてるつもりだぜ?」

政宗は冗談交じりに言って、くつくつと笑う。

「政宗様。」

「ははははは!」

「・・・愛姫がこの城に向かっておりますれば。」

「・・・・なに?」

「正室として、娶られたいようで・・・・」

「あれはガキの頃、終わった話だろう。」

「・・・・・・」

愛姫は田中清顕の一人娘。
幼い頃、持ちあがった話で、しかし上手くいかず結局、なしになった話であった。

「そろそろ奥州に着く頃でございます。」

「初耳だな、そりゃあ。なんで言わなかった。」

「・・・・急な事で・・・お伝えすることが出来ませんでした。」

申し訳ございません、と頭を下げる小十郎。
はあ、とため息をついて、政宗は頬杖をつく。

政宗負傷の事を聞き、奥州行きを決めたに違いない。

「・・・・・・・はあ。わかった、考えておく。」

何を、とは聞かず、小十郎は静かに頭を下げた。

考えるも何も、は元の世界に帰るのだ。
それでもすぐに答えられなかったのは、政宗の心にも、“を娶りたい”という思いがあったからだった。





第十六話






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