第十三話





―これには触るな―

「・・・・・・・・」

慶次が来た日の夜。
は自室で一人、考え事をしていた。
政宗のとったあの態度が原因だった。

きっと、あれは・・・・触れてはいけない部分・・・

あの出来事から、政宗の態度がよそよそしいように感じられた。

私なんかが踏み込んではいけない部分だったんだ・・・・。
なのに、気安く触ろうとして・・・・

は自分の手首を掴む。
政宗の手の感触が、残っている気がした。
強い、力。
痛みを感じるほどの・・・・。

「・・・・あんなこと、しなきゃよかったな・・・。」
そうすれば、政宗さまがよそよそしくなる事もなかったのに・・・。

嫌われてしまったかもしれない・・・・

そう思って、ふいに顔を上げる。

「・・・・謝って、こなきゃ・・・」






その頃、政宗の自室では、慶次と政宗が酒を飲み交わしていた。

「・・・ところでさあ、独眼竜。ちゃん、気にしてたみたいだよ。」

「・・・・・」

心配を含んだ声に、政宗は手に持った酒を見つめたまま、無言で返す。
慶次はくいっと酒を飲んで、コンと猪口をおく。

「いくら触れられたくなくてもさあ。もう少し、言い方があるんじゃないのかい。」

「・・・・」

「惚れてんだろう?ちゃんに。」

この気持ちに、政宗自身も気付いていた。

いつの間にか、を想っている自分がいて。
傍にいると、安らぐ気さえした。
だが、それはが元の世界に帰るまでの、ほんのひと時しか許されない想い。
それに・・・・
政宗はそっと右目の眼帯に触れる。

「これは・・・・女が見るもんじゃねえ。」

そこにぽっかりと開いた穴。
右目のない素顔。

呼んでも呼んでも、振り向いてもくれなかった母。
愛する者に拒絶される痛み。

――それ以上寄るでない!梵天丸!――

「・・・・・・」

もきっと、これを見れば・・・・・離れていく。

昼間、が自分の右目に、眼帯に触れようとした瞬間、怖い、と思った。
右目を、そこを暴かれることが、なによりも恐ろしかった。
そして、それを知ったに拒絶されるのが、ただ怖かった。

「・・・・拒絶される事なんてのは、もう慣れたと思ってたけどな・・・」

「・・・・・独眼竜・・・」

手元の酒を見つめて、呟く政宗を、慶次は見つめていた。

・・・・だいたいなんで俺は、占いなんてのを信じたのか・・・
いや、信じちゃいねえが・・・・

よく考えれば、そんなもの当たりもはずれも有りはしない。
最初から占いなど、信じてはいなかったのだから。
なぜ、を傍に置こうなどと、考えたのだろう。


と・・・
トタトタ、と廊下から足音が聞こえてきた。
そのうちに戸の前で音が止まる。

「・・・あの、政宗さま・・・・」

ちゃん?」

「あ、慶次くん?ごめんなさい、お話中でしたか?」

戸の向こうで動揺しているの影が動く。
さっと戸が開けられると、慶次が顔を出す。

「ちょうど部屋に戻るとこだったんだ。話し相手になってやってよ。」

「え?」

そう言い残してさっさと歩いて行ってしまう。
部屋には政宗が一人、座っていた。

「・・・・・・・」

沈黙が流れる。

「・・・・何か用か、。」

「あ・・・あの・・・・・今日は、その・・・ごめんなさい。」

「・・・Ah?」

「眼帯・・・・触れられたくなかったかな、って・・・思って・・・・怒らせちゃったかなって・・・」

「・・・・・・・・」

そう言って俯く。
蝋燭だけの薄暗い部屋で、俯いた顔に影が出来る。
それがすごく悲しそうに見えて、政宗はこっちに来い、と声をかける。
は戸を閉めて、政宗の隣に座る。

―もう少し言い方があるんじゃないのかい―

「・・・・別に、怒っちゃいねえよ。」

慶次の言葉を思い出して、出来るだけ優しく言ってやる。
あんな風に言ってしまったのは、
ただ・・・怖かっただけ。

「・・・・・嘘です・・・。」

その言葉に政宗は顔を上げる。

「なに?」

「嘘です、政宗さま・・・だって・・・。だって・・・・・一度も私の顔見てくれないじゃないですか・・・」






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