第十七話





考えてみれば、それは必然だった。

この時代に存在しない人間が、この時代の者に関われば、少なからず影響を与える。
そんな当たり前の事に、なぜ気付かなかったのだろうと、は思っていた。


その日は月夜。
庭に積もる白い雪が、月明かりにきらきらと輝く。
は自室で一人、庭を眺めていた。

政宗と愛姫は、彼の部屋で何やら話をしているようだった。
もちろん、は気になってはいたが、二人の中に入る理由など、どこにもない。

「失礼します、様。」

不意に声をかけられて振り向くと、女中が廊下に立っていた。
その手には湯気を上げている飲み物。
どうぞ、と言うと、女中は微笑んで、の隣に腰を下ろす。
持ってきてくれた茶をすすると、体が思っていた以上に冷えていたことに気付く。
寒さに肩をちぢませて、もう一口茶を飲んだ。

「今日は、様にご報告がありまして。」

「?報告?」

「はい。以前に様に聞かれました事でございますが。」

ん?と首をかしげる。

様がここ、米沢城に来た日と同じ条件の日、の事でございます。」

以前、尋ねたことがあった。
戦に行った政宗を待っていた時の話だ。

「・・・確か、あの日から一年後、ということでしたよね。」
だからあと・・・・八か月・・・くらいかな?

「はい。・・・・実は、それが間違っておりました。」

「え?」

「申し訳ございません、様。」

言って、女中は深く頭を下げる。

女中によると、占い婆という有名な“星見術師”がいるという。
星の動きを見て、未来や過去を見るという術師。

様がいらしたその日と同じ条件の日。それを婆に聞いたところ・・・・」





「・・・・・・・え?・・・・あと、ふた月後・・・・?」

ひゅうっと冷たい風が通り過ぎる。
蝋燭の灯が、一瞬消えて、また辺りを照らす。

「はい。婆によると、様がここにいらした日、満月と共に、妖星が出ていたそうで。」

「え?なに、妖星・・・?」

「はい、ほうき星の事でございます。」

「ほうき星・・・」

「それが満月と共に空に見えるのは、今日からちょうど、ふた月後らしいのです。」

「ふた月後って・・・・」
急に・・・早すぎるよ。
一年って言ってたじゃない・・・・
「・・・その、ふた月後しか、同じ条件の日はないんですか?」

「えっと・・・たしか、もう一度・・・・・あ、四十年後、とか・・・なんとか・・・・」

「四十年後!?」
なんで、そんな――

「ほうき星は、めったに見られないものですから。まあ、不吉が起きなくて良い事ですけれども。」

「・・・・・・」
ほうき星って・・・・
もしかして、彗星の事?

・・・・そうか、だから・・・・
次に彗星が地球から見えるほど近くを通って、その日が満月にあたる日は、四十年後ってことなんだ・・・・。
じゃあ、私が元の世界に帰るには―――

「・・・・様?」

呆然としてるに、女中が声をかける。

帰るには・・・・二ヶ月後・・・しか、ないってこと・・・?

「・・・・・なんでもない、です。ありがとうございました、わざわざ・・・。調べてもらって・・・・」

そう言って、ふらりと立ち上がると、は部屋から出ていく。

様!?」

とぼとぼと廊下を歩いて行くを、女中は追いかけることが出来なかった。







青白く、中庭が染まっていた。
中庭沿いに作られた廊下を歩いてきて、はふと足を止める。

「・・・・・」

二ヶ月後に帰るか・・・・
四十年後か・・・・・

「・・・・四十年なんて・・・」

そんなの、帰れないのと同じだ・・・・。

「・・・・・」

じっと一点を見つめて、考えに沈んでいると、何やら声が聞こえてきた。
振り向くと、そこは政宗の部屋。
中から聞こえてくる声は、たぶん政宗と愛姫のもの。

「・・・・」

盗み聴きをするつもりはなかったのだが、自然と部屋の近くに歩いて行ってしまう。
近くまで行くと、先程よりはっきりと、言葉が聞こえてきた。

「政宗様は、私の事がお嫌いなのですか?」

愛姫の、少し悲しい声が聞こえる。

「・・・そうゆうんじゃねえ。この縁談は、幼い頃に終わった話だ。それを今更・・・」

「でも、約束はなくなってはおりませぬ。私を正室に!政宗様!」

「・・・・・」

本当なら、この二人は夫婦になるはずだった。
でも・・・・

「ごめんなさい・・・・」

せめてもっと早くに気付いていれば・・・

歴史が変わってしまう、ということに、なぜ考えが及ばなかったのか・・・。

は自分の愚かさを後悔した。

でも、もう・・・・



「・・・・あの女性のせいですか・・・?」

「!?」

部屋の中から聞こえてくる言葉に、は顔を上げる。
“あの女性”とは、おそらく自分の事。

「・・・・・」

政宗は何も答えない。

「側室でなければ、一体何だというのです、政宗様。貴方様があんなに近くに置いておく、側室ではない女性とは、何なのですか?」

「・・・あんたには関係のないことだ。」

「あの方がいるから・・・・私は正室になれないのではありませぬか・・・?」

「・・・・・」

何も答えない政宗は、ふ、っと軽く笑って

「そう、かもな。あいつより先に、あんたと再会してたら違う結果になってたかもしれねえな。」

「政宗様・・・・。」

は、黙って二人の話を聞いていた。
もし、今私がいなければ、この二人はとっくに夫婦になっていたのだ。

「・・・・」
せめて、この二人の邪魔をしないように、これ以上歴史を変えてしまわないように。
自分が今、出来る事は何だろうか・・・


はそっとその場を離れる。

廊下に出ると、青白い光が差し込んでいた。
その淡い光に、吐く息までも薄青く染まる。
見上げると蒼い月。

「・・・・・」

胸がぎゅうっと苦しくなった。

この恋は、してはいけなかったのだと・・・・

そう、思った。

政宗さまの運命を変えてしまった。
このずれた運命を少しでも元に戻すためには、愛姫とは夫婦になってもらわなければならない。
それが、正しい歴史の流れなのだから。

・・・あと二ヶ月。

「・・・・・・」


は米沢城から離れることを決めた。
少しでも自分が邪魔をしないように、二人の関係がうまくいくように。

しかし、その為にはどこか住める所を探さなくてはならない。

「・・・・明日、政宗さまに言ってみよう。」

米沢城から出たい、と・・・

せめて帰る前に、責任は取っていかなければならない。





第十八話






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