第十八話
その日はいつになく冷え込み、寒さで目が覚めた。
外を見ると、朝からしんしんと雪が降っていた。
庭は誰が掃除したのか、そこに積もる雪がほとんど端に除けられていた。
「・・・・・」
は着替えて、政宗の自室に向かう。
米沢城を出たい、そう伝えるために。
・・・何て言われるかな・・・・・・
駄目だって言われたら、どうしよう。
ゆっくりと廊下を歩いていると、前から小十郎が歩いてきた。
おはようございます、と言うと「ああ、おはよう」と返ってくる。
そのまま二人並んで、政宗の部屋に向かって歩いていく。
「・・・・」
横目でチラリと小十郎を見やる。
・・・・なんとなく、口が開いた。
「あの、私・・・・・ここを出ようかと、思いまして・・・」
「・・・・は?」
「あの、このお城を・・・・」
「・・・・・・・」
小十郎はぴた、と足を止める。
つられてもその場に止まる。
「・・・出て、どうするつもりだ?物見遊山にでも行くつもりか?」
「いえ、あの・・・・・」
何て説明したらいいんだろうと考える。
「・・・・私、あとふた月で、帰らなければいけないんです。それで・・・・少し、ここではない所で過ごそうかと、思いまして・・・」
「ふた月?そりゃあ、・・・・だいぶ早えな。急に決まったのか?」
「帰る条件が、その日でないと揃ってないみたいで。」
「そう・・・か。政宗様には?」
まだ言ってないです。と、首を振る。
「・・・・なんでわざわざ外に出る必要がある。」
「―――それは・・・」
政宗さまの運命が・・・・・
「・・・・」
その先を言い淀んでいると、背後から声をかけられた。
「あとふた月、ここじゃねえ、一体どこで過ごす気なんだ、。」
「!」
「政宗様」
振り返ると、廊下の壁に寄りかかって、腕組みをした政宗がこちらを見ていた。
「Answer.(答えろ)」
「――・・・わ、・・・・わからない、ですけど・・・・・」
「Are you crazy?(お前は馬鹿か)この戦の世で、右も左もわからねえようなあんたが、一人でどうやって生きられるってんだ。」
言いながら政宗はつかつかと歩いて来る。
「だ、大丈夫です。もうこの世界にはだいぶ慣れましたし、危ない所とか、そうゆうのも――」
言ってるうちに腕を強く引っ張られる。
ぐっと両の手で頬を包まれ、上を向かされる。
目の前に政宗の顔があった。
「っ・・・!」
「俺が。許すと思うか?あんたが俺から離れることを。」
「・・・ゆ、許して、ください・・・」
心臓が高鳴る。
目の前の隻眼が、あまりに強くて目をそらせない。
「答えはNoだ。何度言っても変わらねえ。諦めろ。」
「でも、私は行かなくちゃならないんです・・・ここから、離れないと・・・・・」
「・・・・・・なぜだ。」
「――・・・・」
理由は、一つだ。
政宗と愛姫の仲を、元に戻すため。
「・・・・愛姫の事か?」
理由を言わないに、政宗が問う。
正解を言われて、は唇を強く結ぶ。
「政宗さまの、運命が・・・・・変わってしまったから・・・・」
「・・・・」
「だからせめて・・・・・少しでも元に戻そうと・・・」
じっと蒼眼が見つめてくる。
きらきらと輝き、その中心に自分が見えた。
政宗ははあ、と溜息をつく。
「・・・戻さなくていいんだ、馬鹿。そのために、あんたはここにいるんだからな。」
「・・・・・・・え?」
意味のわからない言葉に、は疑問を浮かべる。
「あんたは俺の運命を変える者なんだ。俺のために・・・あんたはここにいる。」
そう言って、そっとその唇で頬を撫でる。
「・・・・」
あまりの心拍に、の息が上がる。
顔を真っ赤にして、政宗を見つめ返す。
「ま・・・・政宗、さま?」
「・・・、好きだ。」
「――――――」
紡がれた言葉に、は呆然と立ち尽くす。
政宗を見つめたまま、瞬きも出来なかった。
そっと政宗の指が、の唇に触れる。
「――――ま・・ま、さ」
しかし、その指はゆっくりと離れていく。
そして、目の前の政宗が、淡く微笑む。
「あと、ふた月なんだろ。だったら、俺の傍にいろ。片時も、離れるんじゃねえ。もし離れようとするなら」
「・・・・・」
にっと政宗が、いつもの顔で笑う。
「あんたの全部奪って、二度と帰れねえようにしてやる。」
「っ・・・!」
ドクンと大きく心臓が鳴った。
その鋭さが、妖艶さが鳥肌を立たせた。
運命が変わっても・・・・・いいの?
「you see?」
神様・・・・・許して、もらえますか・・・・?
許してもらえるなら・・・私は・・・・・少しでも長くこの人の傍にいたい・・・・・
「・・・・は・・・は、い・・・」
その強い目に導かれるように、は返事をする。
「Good.(いい子だ)」
そう言うと、政宗はひょいとの体を抱え上げる。
え!?と思っていると、
「仕事だ。傍にいろよ、。」
「ええ!?」
そんな時も!?
どたどたと足音が廊下に響く。
「・・・・・・・・」
その頃、小十郎は廊下の曲がり角にいた。
話が済んだとこを見て、政宗の後ろを歩いていく。
出来れば・・・・
と、小十郎は考えていた。
出来る事なら、をこの世界に留めておきたい。
そうすれば・・・・
を抱えて歩いていく政宗の後姿を、その目に捉える。
「・・・・・」
・・・そうすれば、政宗様の本当に安らぐ場所が、出来るだろうから。
第十九話
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