第十四話
ちくちくと針を進める。
今日もはプレゼントの着物を縫っていた。
空は晴天。しかし遠くに薄暗い雲が漂っていた。
少し生ぬるいような湿り気を帯びた風が吹けば、心を不安がよぎった。
「・・・・・・」
いつの間にか。
姿さえ見たことのないあのくのいちにヤキモチを妬いている自分に気付いた。
名前を「かすが」というらしい。上杉謙信に仕える有能な忍び、と聞いた。
とても綺麗な声音。きっと美人に違いない。
仕事をしている政宗の元に、またかすがさんが来ているかも、と考えるとどうにもそわそわと落ち着かなかった。
「・・・・・・」
ちくちく、と進めていた手を止める。
「・・・・・・・政宗さま、まだ仕事終わらないのかなぁ」
の隣で縫物の指導していた女中に声をかけると、彼女は苦笑して「まだ半刻も経っていませんよ」と答えた。
「・・・・・」
言われてまたちくちくと針を進める。
その手元を見て女中が「気を付けてくださいませね」と言った。
・・・・実は今日すでに二回ほど針で指を刺していた。
気持ちがどうしても政宗の方に向いてしまい縫物に集中できなかった。
・・・・早く、お仕事終わらないかなあ・・・・・。
*
薄暗い雲に空が覆われた頃。
政宗の仕事部屋ではその部屋の主が声をあげた。
「Lastだ!」
そう言って政宗は書類をバサッと机に乱暴に置く。
午前中、山のようにあった書類が今は机の端にすっきりとまとめられていた。
「お疲れ様でした、政宗様。あとは私がまとめておきますので。」
小十郎が労えば政宗はぐいーっと伸びをし、煙草の火を消して立ち上がった。
「entrusted it.(任せた)」
その足での部屋に向かう。
いつの間にか降り出した雨が、いつもの景色を霞んで見せた。
ざーーという強い音が辺りを包む。
部屋の前まで来ると政宗は中に声をかけた。
いつものようにが顔を出すかと思っていたら、中から出てきたのは女中だった。
「あ!殿!あのっ――今、様はええと・・」
「・・・Ah-n?なんだ?何かあったのか?」
なんでか動揺している女中を訝しげに見やって、部屋へと足を踏み入れる――と。
そこには藍色の布を抱えたまま、スヤスヤと眠るがいた。
「・・・・・」
大事そうに抱えるそれが縫いかけの着物で、大きさから男物という事はすぐにわかった。
「・・・・What`s it?」
「あ・・・・あの・・殿!どうかこれは見なかったことに・・!」
「Ah?」
政宗は急な女中からの要求に眉をひそめる。
「あの、様は内緒で、このお着物を殿の為にご用意したいようでして・・・その・・・・」
「・・・・・・あぁ・・」
それを聞いて政宗は頬を緩ませた。
以前言っていた“城下市で買ってきた秘密のもの”を思い出したからだ。
言える時が来たら言う、と言って教えてくれなかった物。
「I see.・・がそう言ってんなら、しょうがねえな。」
「ありがとうございます!」
政宗はの隣に静かに腰を下ろすと、幸せそうに眠る彼女の頭を優しく撫でた。
*
どの位眠っていただろうか。
頭を撫でる優しい温もりには目を覚ます。
「・・ん・・・・」
「・・・やっと起きたか」
愛しいその声に目を開けると、自分を見下ろす政宗が見えた。
「・・あ・・政宗・・さま・・・?」
「Good morning.」
途端、ハッとは畳に手をやる。
そこに置かれているはずの縫いかけの着物に。
――――パタ・・・・
「・・・あれ?」
乾いた音に目をやると、自分の手が叩いたのは畳。
そこにあったはずの着物は跡形もなく片付けられていた。
女中が隠してくれたのだと察したは、ほっと小さく息を吐く。
「よく寝てたじゃねぇか。何してたんだ?」
「えっ!?えと〜〜・・・えぇっと・・・・」
何って・・・・・!ええっと・・
言い訳が見つからずパタパタと腕を動かせば政宗が面白そうに笑った。
「まあ、いいか。あ〜・・・俺も疲れたな。ひと眠りするか。」
嬉しそうに言って政宗は自分の腕を枕がわりに畳に寝転がると、足を組んでそのままゆっくりと目を閉じた。
なんだかその仕草が、なんというか様になっていて、はほ〜っと見惚れてしまった。
「・・・・・・・・政宗さま」
「・・ん?」
「えっと・・・・・・・膝枕、しましょうか」
「・・・・・・」
特に何かを考えたわけでもなく、自然に提案していた。
からそんな事を言うのは珍しかったのか、政宗はパチッと勢いよく目を開けると、こちらを見てにやり、と笑った。
「・・・・excellent(そりゃあ良い),but・・・」
「・・・・・?・・・・わっ!?」
体を起こすと政宗はをグイッと抱き寄せ、再び畳に寝転がった。
「どうせなら、抱き枕がいい。」
「ふぇ・・・・」
のおでこに政宗が唇をくっつけて話すものだから、その振動が直に伝わる。
でも、それがすごく心地良い・・・。
「・・・・・・・・」
・・・次第にゆっくりになっていく政宗の吐息を聞きながら、は彼の背を抱き締める。
「・・・・お疲れ様です・・・」
小さく言っても目を閉じた。
第十五話