第十五話





弱い雨が降る。吐けば息が微かに白かった。

その中を、駆ける影が一つ。

向かう先は米沢城。





朝、目が覚めると寝る時にはなかった政宗の背中が隣にあった。
昨夜遅くまで仕事部屋にこもっていたらしく、が眠りにつく時は一人だったのだ。

はころん、と体の向きを変えると政宗の広い背中にそっと寄り添った。
起きたか起きなかったか、政宗がもぞ、と体を動かす。
お腹辺りに腕を伸ばすと、後ろから抱き付くような体勢になる。
すり、と顔を背中に擦り付けると、回した腕に、彼の手が添えられた。
手の甲に重ねて指を絡めてくる。
それが少しくすぐったくてクスクスと笑うと、ゆっくりと政宗がこちらを振り向いた。
目が合うと政宗の切れ長の目が優しく笑う。
ごろん、と体を転がした政宗に、は何も言わず抱きついた。

トクトクと彼の心臓の音が聞こえてくる。

・・・」

「・・・・はい」

寝起きの声が掠れて、いつもよりさらに低音になっている。
それがくっついた体に響いて心地いい。

「・・・・Nothing.」

「・・・・・政宗さま」

「・・・What?」

「・・・・・大好きです」

「ふっ、なんだそれ」

「大好きで、愛してて、・・・・・・離れたくない」

「・・・・・」

もう何日も、政宗と共に床に入ることがなかった。
とかく城主は忙しい身だ。
婚儀はもう間近に迫っているというのに、政宗の政務は忙しくなるばかりだった。
その寂しさが、言葉になって零れた。

「・・・・どうした?」

「・・・・・・」

答えないに何か言いかけて、政宗はその口を止める。

「・・・政宗さま・・・?」

政宗はを放して体を起こすと誰にでもなく、どこかに話しかける。

「こんな朝早くに、礼儀ってもんを知らねえのか越後の忍びは。」

「え・・?」
越後の忍び・・って、まさか・・・・

政宗が言うと屋根裏から声が落ちてきた。

「急がせたのはどっちだ。謙信様だってお暇ではないのだ。」

その声は間違いなく、かすが、という忍びのものだった。

「Ha!そうかい。だがそれが同盟の条件だ。しっかり守りな。」

政宗はそう言うとを見てにこ、と笑う。
その意味がわからなくては微かに首を傾げた。

「・・・・それより出てこい。この俺を前に姿も見せねえつもりか。」

少し強く政宗がそう言った次の瞬間、二人の目の前に頭を下げた金髪の女性が座していた。

「謙信様からこの文を、政宗公にと。」

・・・・・この人が、かすがさん・・・・

初めて見る彼女に見とれるのも束の間、は慌てて寝巻きのまま体を起こす。
そのを政宗が自身の背に隠した。
政宗の背中越しにそっと、かすがを覗く。

「・・・・・」

政宗は文を受け取ると、さらさらと目を通す。
そのうちにゆっくりと、かすがが顔をあげた。

初めて見る彼女からは目を離せずにいた。
纏う妖艶な雰囲気に、鋭い目。そしてなにより、その美貌に目を奪われた。
一瞬チラ、と視線を寄こしたかすがと目が合ったが、すぐにその目は逸らされた。

「・・・・・OK.詳しい話は小十郎も入れて話す。ついて来い。」

文を読み終わった政宗はそう言って急に立ち上がると、近くにあった着物を簡単に羽織る。
自分も行かなきゃ、と慌てるの頬に政宗は手を添えていつもの優しい表情を向ける。

「Sorry、。ちょっと話してくる。」

それは、ここで待ってろ、という意味を含んだ。
ついて行くのはつまり、かすがだけ・・・。

「・・・・・はい。」

チュ、との頬に口付けて政宗はかすがをつれて部屋を出ていく。
廊下を政宗の後ろ姿と、長い金の髪が揺れて歩いて行く。
彼女の足音は全くしなかった。

「・・・・・・・・・・」

部屋の中に一人。
体を纏っていた彼の温もりが一気に冷えて、体が少し寒く感じられた。

サーー、と雨が小さな音を奏でる。

ぽっかりと、・・・何か穴があいたような気分だった。

「・・・・・・」

寝る間も割くほど忙しい政宗。
今はまだ成実も帰ってきていない。
それに越後との同盟の話もまだ決着がついていないようだった。

「・・・・・・・」

もう少しで待ちに待った婚儀。

しかしこんな情勢の中、婚儀などあげていていいのか、とは思った。











第十六話