第十六話





雲の合間から水色の空が見えた。
雨上がりの昼間は、しっとりと冷えた空気が体にまとい、気持ちがいい。
雨が上がった庭におりると、所々にできた水溜まりが小さな青空を写し出していた。

政宗が、かすがと共に仕事部屋に入ってからもうだいぶ時間が経っていた。
かすがはまた早々に報告のため越後に帰ったのだろうか、とぼんやり思いながらは庭を歩く。

隙間の青空を見上げながら歩いていると、足がつる、とすべった。

「わっ!」

水溜まりに尻餅をつく寸前、強く腕を引っ張られ、振り向くとそこには、かすがが立っていた。

「かすがさん・・・・!」

「・・・・・」

「ありがとうございます。まだ越後には帰ってなかったんですね。」

「・・・同盟の書状が書き終えるまで、待っている。」

そう言ったきり、かすがはこの場から離れようと背を向ける。
ちら、と見えた彼女の左の手のひらに、傷があることに気付いた。

「あ」

がごく小さく声を発すると、敏感にかすがが振り向く。

「あ・・・えっと」

人の傷の事を聞くなど大きなお世話かと思ったが、まだ新しいそれが気になった。

「その傷・・・・」

恐る恐る言うと、かすがは何でもないかのように「ここに来る時に」と答えた。
手当てはしたのか、と聞くと「洗った。たいした怪我ではない」と答えが返ってくる。
そうですか、とが言うと、二人の間に少しの沈黙が流れた。

「・・・・・・」

きらきらと、雲から漏れる光で、かすがの金の髪が輝いた。
彼女の背筋はまっすぐに伸び、その凛とした姿が美しく・・・・少し、羨ましく感じた。

あまりに長くが見つめていたのか、かすがが「なんだ?」と聞いてきた。

「あっ・・えっと・・・・いいなぁと思って。私、かすがさんが・・・・」

「・・・?」

かすがが訝しげにこちらを見る。

「あのすごく・・・かすがさん綺麗だから・・・髪とか・・。それに、美人だし・・・・」

「・・・・・・・・」

かすがは驚いたような顔をしたと思ったら、ほんの少し頬を赤らめて「からかうな」と恥ずかしそうに俯く。

「かすがさんは、くのいちなんですよね。・・・上杉謙信様の為に忍びになったんですか?」

「・・・・」

忍びは生まれた時から忍びだ。
誰かの為に忍びになる、ということはまずあり得ない。
どこかずれた質問にかすがは苦笑する。

「謙信様の為に働くことが私の全てだ。あの方の為なら命も惜しまない。」

「――・・・・」

はっきりと、その揺るぎのない言葉に、の心が揺れる。

「・・・私・・・」

「・・・・なんだ?」

「私も・・・・」

「・・・・?」

「・・私も、政宗さまの為に出来る事があるでしょうか・・?」

「・・・・・」

なんでこんな事を聞いているのか、と思ったが聞かずにはいられなかった。

不安と期待が相まって、の瞳の奥がゆらゆらと揺れる。

「私・・は・・・かすがさんのように戦う事も出来ないし、知識もないし・・・。縫物とかだって上手に出来ないし・・・でも――」

・・・でも。

政宗さまを慕う気持ちは、誰よりも強いと思っていた。

だから、気持ちはかすがと同じ。

政宗の為なら、どんなことでもしてあげたい、と。

「・・・・・・・」

必死に答えを求めてくるに、かすがは目を離さず応える。

「私が謙信様の近くに置いて頂けるのは、忍びとして多少なりともお役に立てるからだ。」

「・・はい」

「・・・・だがお前は違う。」

「・・・・・」

「例え戦う事が出来なくとも・・・例えば知識がなくとも・・・。それでも傍に置いてもらえる。つまりそれだけで、お前は何かをしてあげられているのではないか?」

「――――そう・・でしょうか」

「今の自分に出来る最善の事をすればいい、と私は思う。
私が謙信様の為に出来る唯一の事が、忍びとして働く事であるように、お前にしか出来ない何かが必ずあると思う。」

「・・・・・」

「・・・・・・」

その後、かすがは何も言わず小さく、優しく笑むとスッとその場から姿を消した。


広い中庭に、は一人立ちすくむ。

「私にしか・・・出来ない事・・・・・」

そう言ったの目は、揺らぎのない輝きを持っていた。











第十七話