第十九話
婚儀の準備も着々と進むある日のこと。
珍しく・・本当に珍しく政宗が口を滑らせた。
そのことで朝から米沢城は、大変な事となってしまった。
事の始まりは皆で朝餉をとっている時のこと。
小十郎が持ち出した反物の話が原因だった。
「政宗様、城下の店に珍しい反物が入ったとかで。」
「Ah〜?反物?」
「はい。銀の糸が編み込まれた青色の、なんでも南蛮から取り寄せたものらしいと、城下では騒ぎになっております。」
「南蛮ね〜。」
「婚儀に合わせて新調されては?急ぎ作らせれば間に合うかと」
「Ah〜。まあ、それはいい。俺には手作りの着物があるからな。」
言った瞬間、ガシャン、と箸を落としたのは政宗の隣に座るだった。
「What?どうした――ぁ・・・」
そこまで言って気付いたらしい。
は信じられない、という顔をして政宗を睨んでいた。
「、――」
「信じらんない!政宗さまのばかーー!!」
*
さわさわと春の風は吹く。
春の柔い日差しが辺りを包み、小鳥は囀る。
景色はこんなにも長閑だというのに・・・・・・
「、hey!開けろって!Please!」
「嫌!反省してください政宗さま!」
「Ah〜・・悪かった。悪かったが・・・だが聞いてくれ、わざとじゃねえ!」
「当り前です!」
「・・・はああ・・」
の部屋の前では閉められた戸を前に、一国の城主が必死に言い訳をしていた。
秘密で作っていた着物。
それを知られていた事が、すごく悔しかった。
「〜〜〜」
政宗さまの驚いて喜んでくれる姿が見たかったのにー!
「たまたまの部屋に入った時に見ちまったんだ。許してくれ」
「・・・・・・秘密にしてたかったのに・・・」
「・・・sorry.」
「・・・喜ぶ政宗さまが見たかったのに・・・」
「・・・・それを見た時はすげえ嬉しかったぜ。」
「・・・・・・」
「だから見ちまったなんて言えなかった。・・・・悪かった。」
「・・・・・」
「・・・・・・開けてくれ」
「・・・・」
しばしの沈黙の後、静かに戸が開けられた。
げんこつ程度に小さく開けられた戸の間に見えたのは、口を尖らせて俯く、拗ねた顔のだった。
「・・・・・I`m sorry.」
その小さな隙間から政宗はに謝る。
「・・・・・」
うん、と頷くを見て、政宗はほっと息を吐く。
「・・・あと・・・」
「・・?」
尖った口のままが話し始める。
「私も・・・ごめんなさい・・・」
「・・・What?」
「着物・・・式に間に合わない・・かも・・・しれないです・・・・」
「・・・・・」
言った途端に政宗はいたずらを考え付いた子供のように、にやり、と笑う。
そしてワザとらしく手を顔に当てると天を仰ぐ。
「Ah〜楽しみにしてたのにな〜。」
言えばの顔がうっと歪む。
うるっと目に涙がたまったとこで、政宗は「しょうがねえ」と言って戸の隙間からの手を掴む。
「っ・・?政宗さま?」
「手当、させろ。」
「え・・?」
「指。・・傷だらけだろ?」
「ぁ・・・・」
それは着物を縫っていて、できた傷だった。
「・・・」
気付いてたんだ・・・政宗さま・・・・
「作りかけの着物を見なくたって、どのみち問いただしてたどろうな、その指を見りゃ。」
そう言いながら政宗は戸を開けての部屋に入る。
棚から救急箱を取り出すと、畳にドカッと座り込んで、相向かいに座ったの指に薬を塗りつけていく。
ゆっくり丁寧に塗るものだからとしてはくすぐったくてしょうがない。
「・・・っ・・くすぐったいです・・・ふふ・・・・」
「・・・・・」
は肩をすくめて、くすぐったそうに自身の手を見つめる。
「・・・・」
ゆっくりとの顔に影がかかる。
ふとが顔を上げると、目の前に政宗の顔があった。
そのままゆっくりと唇が触れる。
「・・・・」
小さく、ちゅっと音をたてて唇が離れる。
「・・・・・」
お互いに見つめ合うと、くすっと二人笑う。
「次、逆の手」
言われてはもう片方の手を差し出す。
の手が政宗の大きな手に包まれる。
と・・・・・
――がたり、と屋根裏で音がした。
「天下の独眼竜も、こりゃ形無しだ。ね?竜の旦那」
第二十話