帰路の途中
雨の日に再会を果たしてから数日。
千鶴と風間は大きな街道を歩いていた。
風間の故郷へと続く道。
二人、契りを交わし、一生を過ごす場所へ向かっているところだ。
昼の街道は人通りが多く、とても賑やかだった。
道端の店から食べ物のおいしそうな匂いがすれば、そこで一休みをする。
のんびりのんびり、旅路を進む。
正午頃、二人でお茶屋に寄って一休みをしていた。外にある腰掛に並んで座る。
風間は白い着物の下で足を組み、茶をすする。
右隣に座っていた千鶴は、ふと、聞きたいことを思い出した。
もうだいぶ前の出来事。風間は覚えていないかもしれない。でも、とりあえず聞いてみる。
「風間さん、ちょっと聞いていいですか?」
「・・・・なんだ?」
「えっと・・・・あの時、どうして私を抱きとめてくれたのかなあ〜って、ずっと思ってたんです。」
「・・・・・・・・・」
意味が分からない、という顔をする風間。
あの時―
江戸の自宅で、父様と再会を果たした日。
「父様が私を突き飛ばしたでしょう?あの時、絶対に風間さんは私を避けるかと思ったのに、抱きとめてくれたから。」
・・・・ああ、と思い出したようにつぶやく風間。
「さあな・・・。どんな理由があったか・・・そんなもの、いちいち覚えてはいない。」
「・・・そうですよね。」
答えがわかっていたかのように言う千鶴。
風間の片眉が少し上がる。
「でも、私・・・・すごく・・・・・・」
そこまで言って、次の言葉が見つからない。
びっくりした・・・?それはそうだけど、ちょっと違う・・・
嬉しかった・・・?もちろん、嬉しかったけど、少し違うような・・・
いろいろ思案していると風間が鼻で笑った。
「すごく・・・なんだ?」
「ええと・・・・んー・・・・・」
口に笑みを浮かべて、次の言葉を待つ風間。
千鶴は少し考えたあと風間の方に向き直る。
「ドキドキしました。」
は?という顔をする風間。
「なんだか・・・うん、ドキドキしました。風間さんに抱きとめられて・・・。」
千鶴はにこ、と笑いながら言う。
ざあ、と風が通り抜ける。
店のおばさんが注文した饅頭を横に置いていく。
風間は千鶴を見つめたまま、今度はやさしい笑みを浮かべる。
珍しいその表情に千鶴は見とれてしまう。
「・・・先に惚れたのは、俺の方かと思っていたが。どうやら違うらしい。」
風間はくつくつと笑って茶をすする。
「何か言いました?」
言葉が聞き取れなかった千鶴は、首をかしげて問う。
べつに、と言って風間は茶を隣に置く。
「俺は・・・あの時」
その言葉に、静かに待つ千鶴。
あの時・・・
「無意識に、抱きとめてた。・・・お前を抱きとめる事をなんとも思わなかった。」
「・・・・・」
横顔を見つめる千鶴。
ゆっくりと風間が振り向く。
「お前を突き飛ばした綱道に、腹が立っただけだ。」
そう言うと風間はまた、やさしく笑む。
その顔を見て千鶴はこつん、と頭を風間の肩に預ける。
「・・・・嬉しいです・・・風間さん。」
そっ、と千鶴の左手を包む感触。
風間の温かい手が包む。
風が弱く吹く。
小鳥が二羽、空を飛んでいく。
夕方になったら宿を探して、二人、のんびりのんびり、道を進む。