白い吐息の、温め方






昨夜はひどく冷えて、いつ雪が降ってきてもおかしくないほどだった。

珠紀はパチッと目を覚ます。
朝の白い光が窓から差し込んでいる。布団から手だけを出し、横に置いてある目覚まし時計を自分のほうに向ける。
9時30分。

「・・・・・え!?」

びっくりして飛び起きる。

「うっそ!やばい!」

ばたばたと布団の隣に広げてあった服を着始める。
9時30分に待ち合わせ。
今日は拓磨と町に出かける予定だったのだ。
昨夜、今日のデートが楽しみでなかなか寝付けなくて、いつのまにか寝付いたと思ったら、寝坊をしてしまった。
待ち合わせはバス停。どう急いでも間に合わない。
それでも珠紀は、顔を洗って、髪をとかして、10分で家を出た。

家を出ると、一面の雪化粧。
夜中のうちに降り積もったらしい。
新雪に足を取られながらも、全力でバス停に走る。


息を切らして走っていると、遠くにバス停が見えてきた。
そこに一人、ぽつんと拓磨が立っていた。
寒そうにジャケットに顔をうずめている。吐いた白い息が顔をさえぎる。

「拓磨!」

走りながら声をかけると、拓磨がこちらに気付き、歩いてくる。

「ごめっ・・・拓磨!寝坊―うわっ!」

「!おいっ―!」

ばしゃっ

・・・・・実は珠紀、本日、二回目の転倒。

「・・・つめた〜!」

「お前―・・・雪積もってんのに走ってくんなよ、あぶねえな。」

拓磨は珠紀の腕をとって、立ち上がらせる。
走ってきたせいで、珠紀の顔はほてっていた。

「ごめんね・・・バス行っちゃった?」

「とっくにな。」

珠紀の足についた雪を払いながら拓磨が言う。
ごめん、ともう一度あやまる。

「べつに。そうゆう時もあるだろ、気にすんな。次のを待ってればいい。」

そのままバス停のところに二人で立つ。
どのくらい待っていたのか、拓磨の鼻は赤くなっていた。

「・・・・・・寝坊か?」

急に聞かれて、うん、と答える珠紀。
ふーん、と言って拓磨は顔をジャケットにうずめなおす。

「何かあったのかって・・・心配した。寝坊でよかった。」

「・・・・楽しみでね?今日が。・・・・昨日眠れなかったの。・・・だから・・・寝坊しちゃったんだよ?」

楽しみじゃないから寝坊した、と思われないように言い訳をする。
拓磨はふっ、と笑う。

「わかってるよ。」

優しく微笑む拓磨に、珠紀は嬉しくて顔を赤らめる。
走ってきたので、体までぽかぽかしていた。
あ、と珠紀は思い付く。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいことを。

「拓磨。」

「・・・・・ん?」

「私、走ってきたから体がぽかぽかしてるのね。・・・・だから、ぎゅーってして、・・・あったかくしてあげようか?」

「・・・・・・・・」

「・・・・・・」

見つめ合ったまま、無言の間が過ぎる・・・。軽い気持ちで言ったはずが、だんだん恥ずかしくなってくる。

「あの・・・・」

ぷっ、と拓磨が急に笑い出す。

「ちょっと、拓磨!?なんで笑うの!?」

恥ずかしさで顔が真っ赤になる。

言わなきゃよかった・・・

そう思っていると、ぐいっと引き寄せられる。
前を開けた拓磨のジャケットの中に、ぽすっ、と珠紀が納まる。
そのままぎゅっと包まれる。

「・・・・・ん、あったかい。ありがとな。」

「・・・・でもこれじゃ、あったかいのは私のほうじゃない?」

聞くと、拓磨は少し顔を赤らめて

「ちゃんと俺の背中に腕まわせよ?じゃないと寒い。」

その言葉に珠紀はふふっと笑って、広い背中を抱きしめる。

「・・・あったかいね。」

「・・・・・あったかいな。」


二人、抱き合ったままバスを待つ。
次のバスが来るまで、あたたかくして。