秋祭りの夜







「ねえねえ君、一人?」

秋祭りの夜。
カラコロと下駄を鳴らして歩いていると声をかけられた。
珠紀が振り向くとそこには男が二人、ニコニコしながら立っていた。

「一人・・・・いえ、連れを探してますから。」

なんとなく一人だと言ってはいけないような気がして嘘をつく。
なぜだかこの二人から早く離れたい気がした。
言い残してその場を離れようとすると腕をつかまれる。

「待って待って、そんなに急がなくてもいいじゃん?せっかく声かけたんだからさ。」

「探してる人が見つかるまで俺たちと回ろうぜ。」

ぐいっと引き寄せらた勢いで、男の胸元に軽くぶつかる。
肩を抱かれて自分の意思に関係なく足を踏み出してしまう。

「やだ、ちょっと!放してください!」

「いいじゃん。君、可愛いんだからそんな顔しないでよ。」

両脇を固められて逃げようにも逃げられない状況になってしまう。
助けてもらおうにも、周りに顔見知りが見当たらない。

も〜!こうゆう時に限って誰もいないんだから!
・・・・・・よーし。こうなったら、どうにか一人で逃げてみせる!

そう意気込んで唇をぎゅっと噛む。
隙を狙って、チラチラと脇の男を見る。
と・・・・その時、
ドン、と大きな音が響いた。
空を見上げると一面に鮮やかな色が広がっている。

「すげ!花火でか!」

隣の男が言う。確かにその花火は近くで打ち上げているのか、大きかった。
パラパラと花火が散る。するとまた次のが打ち上げられる。
周りにいた人達も立ち止まって空を見上げる。
赤に緑に黄色、次々と上がる花火。
珠紀は今先ほど、逃げてみせると意気込んでいたのも忘れて、夢中になっていた。



ドン、ドン、といくつもの花火が打ち上げられている中、知らない男二人と花火を見ている。
そんな珠紀を見つけたのは拓磨だった。
男二人、その間でうっとりと花火を見上げる珠紀。

「あいつ―・・・何やって・・・!」

玉依姫になるための儀式があるはずなのに、しかも守護者も、自分さえも見たことのない浴衣姿で、知らない男と花火を見ているなんて
拓磨ははぐれた真弘の事など忘れて一直線に珠紀のもとへ歩み寄る。



左隣の男がそっと珠紀の肩に手を回す。
当の本人は花火に夢中でまったく気がつかない。
すたすたと歩いてきた拓磨が、その回された手をぐい、とねじり上げる。

「いてててて!」

男の声に珠紀はハッとして後ろを振り向く。

「あ・・・・拓磨!」

「んなとこで何やってんだ?」

眉をよせて迷惑そうな顔で言うと、花火見てたの!と嬉しそうに珠紀が答える。
拓磨はじろりと二人の男を見る。
“なにやってんだ”は男たちに向けられたもの。

「つまんねーの」

そう言って離れていく男二人。
その様子を見ている珠紀の頭をこつっと軽くたたく。

「花火見てた!じゃねえ。知らない人について行くなって親に言われただろ?」

「子供扱いしないでよ。無理やり連れまわされただけなんだから。」

「連れまわされた?」

拓磨の顔が険しくなる。

「でも少しだし、何もされてないから大丈夫だよ。ありがとね拓磨。助かりましたー。」

へらへらと笑う珠紀に拓磨はため息をつく。

事の重大さをわかってねえ・・・・

「ねえ、それより花火!すっごい綺麗!」
珠紀はくいくいと拓磨の袖を引っ張って、空の花火から目を離さずに、そのままぴとっと、くっつく。

「大きいねえー」

「・・・・・・あ、・・・ああ。」

無意識に触れてくる珠紀に拓磨は顔を赤らめる。
ドン、ドンと次々に打ち上げられる花火。
珠紀と拓磨を残して、人の波がまた動き出す。
人の声と、笛の音と、花火の音。

「・・・・珠紀・・・」

花火を見上げたまま拓磨が声をかける。

「ん?」

ドン、ドンとひと際大きい花火に、わあっと歓声が上がる。

「今日は・・・・・・その、・・・す、すごく・・・」

「え?なに?」

聞こえなくて顔を寄せてくる珠紀。

「・・・・・・」

「拓磨?」

「・・・・かわいい、な・・・。」

ぽそっと言った声は、周りの音に紛れていく。

「・・・・・・」

みるみるうちに珠紀の顔も赤くなる。

「・・・・・あ・・・ありがと・・・・。」

そう言って珠紀は、ぽすっと拓磨の肩辺りに顔をうずめる。

「拓磨だって・・・・か、かっこいい・・・よ」

真っ赤になって立ち尽くす二人。
人のざわめき。祭りの音。

儀式まで、玉依姫になるまで
あと少し。

それまで、もう少しだけ、二人きりで。