蘭の香り
*注意*
この話の中では
玄奘が牛魔王に会いに行く前に、蘇芳の部屋を借りています。
ゲームと微妙な時間差が生じています。
いわゆる捏造と言うやつです。
お許しくださいませ。
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目が覚めると、ふわりと蘭の香りがした。
朝。
冥界の外は時間に関係なく暗かった。
「ん・・・・」
柔らかいベッドの中で玄奘は身じろぎをする。
蘭花――もとい、蘇芳が貸してくれたベッドはとても寝心地が良かった。
旅をしていると野宿が多いため、なかなかこうして安らぐ時がない。
久しぶりの、緩やかな朝だった。
・・・・冥界でこんな朝が過ごせるとは思ってもいませんでした。
思いながら、開けた目をもう一度閉じる。
・・・とは言っても、ここは敵地。
安心しすぎるのはいけないですね。
「・・・・・・」
しかし、それでもベッドの気持ち良さに安らいでしまうのは仕方ないわけで。
・・・・この香りは・・・
「蘭・・・でしょうか」
包まれた布団から、甘い蘭の香りがする。
目を閉じていると堪らなく心地良い。
「・・・いい・・・・匂い・・・・」
ふふ、と無意識に微笑む。
・・・・なんだか・・・もう少し眠りたい気分ですね。
これでは悟空に文句は言えません。
うとうとと夢現をさまよっていると、クスッと笑い声が耳に入った。
ん?と思って目を開けようとした所で声がした。
「そんなに俺の匂いは、いい匂い?」
ハッと目を覚ます玄奘。
顔を上げると、口元をおさえた蘇芳がベッドの横に立っていた。
「す――!」
「あははははは!」
一気に笑い出す蘇芳。
「な、な、なんでっ――」
こんな所に―――!?
聞きたいのに、驚いて次の言葉が出てこない。
「あはははは!あんたってほんっと、かわいいね!俺ちょっとドキッとしちゃったよ?くくく」
「な、な、な・・・!」
かあーー!と、まるで音を立てるように顔が赤く染まっていく。
「あー、でもごめん。勝手に部屋に入ったりして。」
蘇芳はニコッと笑って、玄奘の目線に合わせて膝を折る。
「だって何回呼んでも返事がなかったからさ。心配したんだよ?」
心配・・・・
少しの嬉しさを覚えながらも、それ以上の恥ずかしさで俯く玄奘。
「・・・す、すみません・・・その、気持ち、よくて・・・」
つい・・・・と呟く。
と、蘇芳は急に真面目な顔をして、今度は玄奘の隣に腰掛ける。
「・・・・蘇芳?」
ギ、と二人分の重さでベットが音を立てる。
「・・・・・・あんた、ほんとに可愛いね。」
つ、と蘇芳の細い指が玄奘の頬をすべる。
ぴくっと反応すると、蘇芳は優しく笑む。
「・・・・敵なのが残念。」
そう言って、ゆっくり顔を近付けてくる。
ドキッとして玄奘は目を瞑る。
・・・・・ふわり、と蘭の香り。
優しく頬に触れる唇。
・・・恐る恐る目を開けると、
息遣いが聞こえてくるほど近くで、蘇芳が微笑んでいた。
「これから牛魔王の所に行く。俺が守るから、心配しないで、玄奘。」
ドキンと心臓が鳴った。
「っ・・・・」
きゅうっと胸が締め付けられる。
蘭花は蘇芳で、蘇芳は男性。
その真実を頭では理解していても、心は違うらしかった。
そして今、それを唐突に心で理解する。
「外で待ってるから。準備終わったら出てきてね。」
そう言い残して、蘇芳は扉を出ていく。
一人残された玄奘は、扉の方を見ながら呆然としていた。
「・・・・私・・・・・」
ドキドキと心が騒ぐ。
「私――・・・」
ふわっと
蘭の香りが漂う。
安らぎを与えてくれた香り。
でも今は、安らぎではなく
心の奥から溢れる何か・・・
締め付けられるほどの切ない気持ちを、感じていた。