コイビトの散歩





「サーザーキ!」

天鳥船の廊下で呼ばれて、振り返ると千尋がいた。

「おう、どうした?姫さん。今日も空の散歩に行きたくなったか?」

二人は最近よく空の散歩に出かけていた。
今は寒い時期なので、風がとても冷たい。
それでもサザキと空を飛ぶことは千尋にとって、特別に好きなことだった。
今日も堅庭から散歩に出かける。

「よしっ!じゃあいくぜ!よーく捕まってろよ!」

サザキに抱かれて、空高く飛び上がろうとした瞬間。

「待ってください!」

声がした。堅庭の出入り口のほう。見ると、風早がこちらに歩いてくる。

「あ、風早。」

「千尋、また空の散歩ですか?」

歩きながら困ったように言う風早。
サザキは千尋を抱えたまま振り返る。

「なんだなんだ、いいじゃねえか。姫さんが行きたいって言ってるんだからよ!体が冷えねえうちに帰ってくるさ。」

風早はじっと二人を見て、ふう、とため息をつく。

「サザキ。くれぐれも、落さないようにお願いしますね。千尋も、しっかり捕まっているんですよ。帰ってくるまでここで待ってますからね。」

うん、と千尋はうなずいてサザキにぎゅっと抱きつきなおす。
落すわけねえだろうに!と言ってサザキは飛び上がる。


空は薄い紫色をしていた。細い雲が横に走り、それが模様を作っている。
サザキは千尋を少し高いところで抱いて、より高い位置から眺められるようにする。
千尋はサザキの耳あたりに手を軽く添える。
すう、と空気を吸い込むと冬の冷たさが鼻を刺激した。

「気持ちいいね。」

「ああ。」

この瞬間が一番好きだと、千尋は思う。
サザキと二人きり。抱き合って空を散歩する。
ひゅっと少し強く風が吹いてきた。

「・・・・姫さん、そろそろ降りるか?風が強くなってきたぜ。」

千尋は名残惜しそうに、うんとうなずく。
もうすぐ日が暮れる。皆のいる天鳥船に戻らなければならない。
す〜、と下降していく二人。風が頬を切る。
船が眼下に近付いて、堅庭が見えてくる。
千尋は小さくつぶやくようにサザキを呼ぶ。

「・・・・・サザキ」

呼ばれてサザキは自分より高い位置にある千尋の顔を見上げる。
その顔に微笑を浮かべて。
ぱらり、と千尋の髪がサザキの顔にかかる。
目を瞑るとやわらかい感触が唇に触れる。
抱きあったまま、二人だけの空で、秘密のキスをする。
千尋が、特別に好きな理由。
秘密のコイビトの散歩。