帰る場所






見上げると、茂った葉の向こう側に、まるい月が見えた。
辺りは月明かりで青白く広がっている。
千尋は一人、森を歩いていた。
手には一枚の古びた地図。宝探しには必要不可欠のもの。

昼間、サザキたちが宝の地図らしきものを持ってきた。
これから皆で探しに行く、というので千尋も参加したのだ。
皆、散り散りに森に入っていく。
サザキに一緒に探そうといわれたが、千尋は一人で探したいと言って断った。

・・・・で。その結果がこれ。
千尋は森で迷子になってしまった。

「・・・はあ。もう、ほんと私って・・・・ふう。」

千尋はぶつぶつと独り言を言いながら、あてもなく森を歩く。
寒い時期でもなかったので、それは安心していた。

「まあ・・・一日くらい、大丈夫だよね、野宿しても。」

うん、と一人頷く。
寄りかかるのに丁度いい木を見つけ、そこに背を預ける。
体育座りで、膝に顔をうずめる。
突然ガサッ!と大きな音がした。
ドキッとして振り向くと小さなウサギが駈けていく。

「・・・なんだ、ウサギか。びっくりした。」

遠くからホウホウ、とフクロウのような鳴き声が聞こえる。
ジジジ、と虫の鳴く声。それは自分の足元すぐのところで聞こえた。
うわっ、と思って立ち上がると、木の根もとに色々な虫が潜んでいた。
千尋は気持ち悪くなってその木から離れる。そのまま、木から少し距離をとったところで立ち尽くす。

「・・・・・・・・・」

いろいろな音が森に響いている。
虫、動物、木々の音。
森の先の薄闇に、何かがいるような気がしてくる。
千尋はぶんぶん、と頭を振って気持ちを保つ。

「全然怖くないし・・・!月明かりが綺麗なんだし、眺めて過ごせばいいんじゃん!」

そう言ったところで近くの木からバサバサッ、と大きな音が立つ。
ビクッと肩を震わせる。
見上げると鳥が夜空に飛び立っていった。

大きな満月。
サワサワと弱く風が吹いていく。
千尋は左右を見渡して、左方向に歩き出す。
木々の間に見え隠れする月を見上げながら、あてもなく歩く。
突然、ずるっと足元が滑る。
ハッとして下を見るとそこは崖だった。
千尋は目を見開いて、崖下を見る。薄闇のその先は、漆黒の闇。
今更ながら心臓が強く脈打つ。
千尋は崖を背にまた歩き出す。

どれほど歩いただろうか、森は一層、深くなっている気がした。
いよいよもう歩かない方がいい、と思い、立ち止まる。

――と・・・・・
遠くに声が、聞こえた・・・・。
よく耳を澄ますと、確かにその声は自分の名前を呼んでいた。

「―ひろー!・・・千尋ー!」

聞き覚えのある声。
サザキの声。
千尋は力いっぱい大きな声で叫ぶ。

「サザキー!!」

「・・・―尋?・・・千尋ー!どこだ!」

「ここよ、サザキー!」

声がだんだん近付いてくる。でも、姿が見えない。
千尋は探しながらサザキを呼ぶ。
そのうちに自分を呼ぶ声が小さくなっていく。

「サザキー!」

いよいよ返す声が聞こえなくなってしまった。

「・・・・・・」

立ち尽くす千尋。どちらへ行けばいいかわからない。
どちらへ行ってもサザキから遠ざかってしまうような気がする。
サザキに会えない気がする。
その場に呆然と立ち尽くす。
また、森の音が耳に入ってくる。

「・・・・・・サザキ」

つぶやいた瞬間

「千尋!!」

頭上から呼ばれた。
顔を上げるのと同時に、目の前にサザキの顔が映る。
空から降りてきたサザキは、そのまま千尋の体をぎゅっと拘束する。

「よかった!千尋!やっと見つけた!」

耳のすぐ横で聞こえるサザキの声。
目から勝手に涙が流れた。

「・・・サザキ!」

ぎゅっと抱きつく千尋。
あとは声が出ない。涙だけが流れる。

「よかった・・・!姫さん!随分探したぜ!怖かったろう?もう大丈夫だ!」

そう言ってサザキは千尋の背中を優しく撫でる。
その温もりに、千尋はだんだんと落ち着いてくる。

「・・・・悪かったな、姫さん。俺がちゃんとついて行ってればよかった。」

やわらかく抱きしめられて、前髪の上からおでこにキスをされる。
千尋はゆっくり顔をあげてサザキを見る。

「・・・・私も、ごめんね。ありがとう、サザキ。」

そう言って、千尋はもう一度抱きつく。
サザキの羽根が千尋を包み込む。
やっとここに帰れた、と千尋は思った。