始まりの気持ち






赤い・・・・赤い夕日。
影を落とす那岐の顔・・・・。
懐かしい風景。



目を覚ますと、鳥の声が聞こえてきた。
朝の鳥は、一日のうちで一番元気だというくらい騒がしい。
目だけを動かしてあたりを見渡す。
ここが天鳥船だということを思い出す。

「・・・・・・」

なんだか、今日は切ない。そう千尋は感じた。




サザキはその日も朝の散歩に出かけていた。
気持ちよく晴れた日の朝には、空の散歩がたまらなく気持ちいい。
天鳥船が見えてきた。
風を切って降り立つ・・・・・と、庭に千尋の姿を見つける。
朝から姫さんに会うなんて、今日は気分がいい。
そう思ってサザキは、もう一度翼を羽ばたかせて、庭に向かう。

バサッと羽音を聞いて、千尋は振り向いた。

「サザキ」

その音が誰だかわかってたように、名前を呼ぶのが早い。

「よう、姫さん。朝、早いな。昨日はよく眠れたか?」

「ん。・・・眠れた・・・・。」

歯切れの悪い返答。サザキはその様子に、少し首をかしげる。

「・・・・どうした?姫さん。・・やっぱり、・・・ほんとは眠れなかったのか?」

「・・・ううん。違う。違うの。・・・・・・」

「・・・・・・・・」

どこか様子がおかしい。
サザキは右手で自分の頭をかりかり掻くと、そのままその手を千尋の頭にのせる。
千尋は目線をサザキに向ける。

「なにか、辛いことがあったんだな。・・・・言いたくなかったらしょうがねえけど、俺でよかったら、話聞くぜ?」

朝日でサザキの顔の影が少し濃い。
千尋は一つ息をのむと、ゆっくり口を開く。

「・・・・・・わ、・・・私・・・・・。なんか、・・・・切ないの。」

「・・・・・・・・うん・・・・・なんで」

「なんか・・・・・・・・・・思い出しちゃって・・・元の世界のこと。」

「・・・・・・あ〜・・・・・そゆことか。」

サザキは少し考えるような目で空を見上げる。
どうやら千尋は、元の世界のことを思い出して辛く感じているらしい。
そっと、千尋の頭を撫でてやる。

「・・・・・だから・・・。サザキから頼んで欲しいの。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

意味の解らない急な言葉に、撫でていた手を止め、サザキは変な声をあげる。

「た、・・・・頼むって・・・・何を?」

「だから。カリガネに。」

「・・・・・・・いや、・・・・何?」

「カリガネに。お菓子。作って欲しいの。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あっちの世界にね。プリンって食べ物があったんだけど、これがおいしいの!ね、お願い!カリガネに作ってくれるように頼んで、サザキ!」

千尋は上目遣いで、可愛らしくお願いをしてくる。
可愛いと思いながらも、サザキは

「・・・・・・・ひ、姫さん・・・・姫さんが思い出して、切なくなっちゃってたのは・・・その、お菓子のせい、か?」

「うん、そう。よく学校の帰りに、那岐と食べに行ってたんだよね。まあ、無理やり連れて行ってたんだけど。」

・・・・・・・・・・・はあ。
サザキは大きくため息をつく。

「あ、なにそれ。ちょっとあきれたって顔してるー。」

頬を少し膨らませて千尋が言う。

「い、いやあ、そんなことはねえよ。ただ、ちょっと・・・・・安心しただけだ。」

「・・・・・・・・?」

「いやあ、なんでもねえ。・・・・・それより、お菓子作って欲しいなら、姫さんが直接頼んだほうが、カリガネもあっさり・・・・・・・」

千尋は急に言葉が止まったサザキを不思議そうに見上げる。

「サザキ?」

「・・・・・あ、いや、俺から、カリガネには頼んでやるぜ。」

「ほんと?いやった!ありがとーサザキ!」

千尋の満面の笑みにサザキは息が詰まる。

「じゃあ、那岐も呼んでくるね!」

そう言って走っていく千尋。
それを見送りながらサザキは立ちすくむ。

「・・・・・なあにやってんだ、俺は。姫さんがカリガネにお願いするなんて・・・・嫌だと思っちまった・・・・。」

う〜ん、とうなりながらサザキは歩き出す。
千尋をかわいいと思う気持ちとは別の、何かを感じながら。