二人きりの時間





(注*二人の子供はいない設定になっています。あしからず。)


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ひらひらと、雪が降ってきた。
日が落ちて、暗くなった空から白い雪が落ちてくる。
千鶴は玄関から空を見上げていた。

「左之助さん・・・・・・大丈夫かな。」

旦那様は、まだ帰ってこない。
最近は仕事が忙しいようで、帰りが遅い。
いつ帰ってきてもいいように夕食の準備と、お風呂の準備をしておく。
実を言うと、千鶴は今日一日、左之助に会っていない。
左之助は、朝早くに仕事に出ていくため、千鶴を起こさないようにそっと、出かけていってしまう。
今朝も目が覚めたら、そこにあるはずの左之助の姿はなく、一人で布団に包まっていた。

はやく、帰ってきて。

もう、ずっと会ってないような気がしてくる。
昨夜、眠る前に見た左之助の顔を思い浮かべる。

はやく会いたい。

玄関を閉める。その場に立ち尽くして、ただ彼の帰りを待つ。
ぶるっと寒さで身震いをしたところで、背後の玄関の扉が開いた。

「うあ〜、さみ!帰ったぜ、千鶴」

「おかえりなさい!左之助さん!」

がばっと抱きつく千鶴。おわっ、と左之助が声を上げる。
そのままぎゅっと二人抱きしめ合う。
ぐう〜と、左之助のお腹がなったので二人で噴出してしまう。

「夕食の準備、出来てますよ。待っててください。」

明日は仕事が休み。やっと二人でいられる、と千鶴は心を弾ませる。



夕食が終わると、千鶴は風呂を暖めなおし始める。
しかし、左之助はあくびをして寝室に入っていく。

「左之助さん?お風呂は・・・?」

「あ〜・・・・わりい、今日は寝る。疲れちまって。」

「あ、そうですよね。明日はお休みだし、ゆっくり休んでください。」

ばさばさと自分で布団を敷き始める左之助。
千鶴も手伝う。

「千鶴も寝ようぜ。どうも、お前を抱いて布団に入らねえと寝付けねえんだ。」

そう言う左之助が、お母さんがいないと眠れない子供のようで、可愛く思えてしまう。

「ふふ、いいですよ。待っててくださいね、今着替えてきますから。」

ぱたぱたと着替えを始める千鶴。

「あ、そうだ千鶴、明日は俺、ちょっと朝早く出かけるから、お前は寝てていいぜ。」

え、と振り返る千鶴。

「なに、すぐ帰ってくるって。」

そう言って左之助は先に布団に入る。
着替えて同じ布団に入ると、左之助の腕が千鶴の体に絡まる。
お互いの体温を感じながらまどろむ。
よほど疲れていたのか、布団に入ってすぐに寝入ってしまう左之助。
二人きりの夜が、もう少しで終わってしまう。
寝てしまえば、あとはすぐに朝がやってきて、また独りきり。

「・・・・・・・・・・・」

じっと腕枕をする左之助の横顔を見つめる。

明日は休みなのに、どこに出かけるの?

不安と寂しさが千鶴の心を占める。
今日はこのまま眠りたくない。
少しでも二人でいる時間を過ごしたい。
そう思っていると目頭が熱くなって、涙が横につたう。
もっと近くで触れていたくて千鶴は強く抱きつく。
左之助は無意識に抱きしめ返す。
うっ、と声が漏れる。
彼を愛しく思えば思うほど、寂しさが溢れる。
漏れた声に、左之助が薄く目を開ける。

「・・・・・・・・千鶴?」

眠たそうな声で呼ぶ。
ひっく、と呼吸を切らす千鶴に気付いて、左之助は目を覚ます。

「・・・・・・どうした・・?なにか、あったのか」

うっ、と声を漏らして首を振る千鶴。

「千鶴」

強く呼ばれ、絡めた腕を引き離される。
顔を覗き込まれると、もう抑えられなかった。

「左之助さ・・・・・私・・・・」

涙がぽろぽろと落ちる。
何も言えず、左之助は千鶴を見つめる。

「明日はっ・・・・・うっ・・・・どこに、行く・・・ですか?」

溢れた思いで、言葉が跳ねる。

「明日は―・・・・どこって・・・・・」

言いづらそうに左之助は目を泳がせる。
千鶴には、それを気にかけてる余裕がない。
ただ、思いを伝える。

「行かな・・・で、くださ・・・い。ひっく・・・一人にし・・ないで」

そう言われて、はっとする左之助。
自分の胸元で泣き続ける千鶴を見る。

「左之・・・助さ・・・・、朝、一人は・・・・いやです・・・・左之助さん・・・」

朝起きて、愛しい人がいない。ぬくもりも消えて、たった独りきり・・・・。

名前を呼ぶ千鶴を、左之助は力強く抱きしめる。

「すまねえ、千鶴・・・・。俺は・・・・・・馬鹿だ。自分の望みのために・・・・・お前に寂しい思いをさせるなんて・・・・・・。」

そう言うと、千鶴が顔を向ける。

「・・・・・望み?」

「・・・・・・・・・」

黙り込む左之助。
千鶴は次の言葉を無言で待つ。
少し考えて、左之助が口を開く。

「―・・・千鶴に・・・買ってやりたいものがあったんだ。」

えっ、という顔をする千鶴。

「ほら、こうして夫婦になってから、お前に何も買ってやってねえだろ。だから・・・・」

そのためにお金を稼いでいた、という。

「それが今日、貯まったんだ。明日一番に買いに行こうかと思ってよ。」

照れくさそうに言う左之助。

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・なんてえ顔してんだよ。」

ほけっ、とした顔で左之助を見つめていた千鶴の額を、軽く小突く。

「痛いです、左之助さん。」

少し笑いながら、一つ涙がこぼれる。
そのまま抱きつく。

「・・・・・・ごめんな。お前の喜ぶ顔が見たかった。それなのに、寂しい思いをさせちまうなんて・・・・悪かったな、千鶴。」

もう一度、左之助が謝る。
ふるふると首を振って千鶴が微笑む。

「いいんです。私も、わがまま言ってしまって・・・・ごめんなさい。」

「わがままじゃねえさ。俺だって、お前と離れるのは嫌だと思ってるってのに、気付いてやれなかった。・・・・でも、もう寂しい思いはさせねえよ。明日は、二人で買いに行こうぜ。」

「・・・はい!」

笑顔を向ける千鶴。
その笑顔が見たかったんだ、と左之助が言う。
布団の中で二人、くすくすと笑い合う。

「・・・・・あ、でも・・・・・・何を買ってくれるんですか?なんかもう、買ってくれるものが決まってるみたいでしたけど・・・・・・。」

そう聞くと左之助はにこ、と笑って

「明日のお楽しみってやつだ。」

「え〜!」

二人の笑い声が寝室に響く。


降っていた雪はすでに止み、月が顔を出していた。

もう少し、夜を二人で過ごしてから、
明日は一日中、甘い二人きりの時間を・・・・。