夕映えに心の奥を映す
茜空。
遠くを鳥が飛んでいく。
沖田さんて・・・・・・女の子からしたら、かっこいいんだろうな。
今日の出来事が、千鶴にそう思わせた。
見回りの途中。
一人の女の子が、たちの悪い浪士に絡まれていた。
沖田はその子を助けてあげたのだ。
女の子は顔を赤らめて、必ずお礼をします、と言って去っていった。
あの子・・・・・・沖田さんのことを好きになっちゃったのかな・・・・。
そんな事を思って、千鶴は屯所の庭でぼーっとしていた。
ふと、自分の格好を見る。
女の子とは程遠い、可愛さなんて欠片もない。
沖田さんだって、私のこと女としてなんか見てくれてないだろうなあ。
そう思ってはっとする。
「・・・・・・私、なんで・・・沖田さんのことばっか・・・・・」
「僕がどうしたって?千鶴ちゃん?」
急に背後から聞こえた声に、びくっとして振り向く。
「僕が、何?」
微笑みながら沖田は千鶴の元に寄ってきた。
「あっ・・・・・・・えっと・・・・なんでも・・・・・・ない・・・です。」
真っ赤になって冷や汗をかく千鶴。あまりにびっくりして目がそらせない。
「なんだ、教えてくれないの?寂しいなあ。・・・・・・・ま、いいや。千鶴ちゃん、これから剣の稽古するんだけど。付き合わない?」
茜空が徐々に紫を帯びてくる。
庭に竹刀の音が響く。
汗をかいて、男の人と剣術の稽古。
いよいよ、千鶴は女の子扱いされてない、と思う。
でも、それはきっと、しょうがないこと。父を探しに旅に出たときから、心に決めたこと。
ただ・・・
その相手が沖田だと思うと、心が締め付けられる。心が苦しい。
そんなことを思って剣を受けていたら、つまずいてお尻から倒れてしまった。
どざっと大きな音がして、ほこりがたつ。
「いたたた・・・」
「千鶴ちゃん!大丈夫?」
そう言って沖田が駆け寄ってくる。膝をついて千鶴の顔を覗き込む。
目の前に沖田の顔があって、俯いてしまう。
「だ、だいじょぶ・・です!すいません!」
急いで立ち上がろうとする千鶴。沖田はその手をとる。
手のひらが切れていた。
「あっ、大丈夫ですよ!洗えば、こんなの!」
沖田は千鶴の手をそっと包む。
「・・・・・・」
無言のまま沖田は千鶴を立ち上がらせ、井戸に向かう。
井戸の桶で水を汲み、その水で千鶴の手のひらを洗ってやる。
「だ、大丈夫ですよ!私、男の子みたいだし、こんな傷、たいしたことないですよ!気にしないでください!っ・・・!」
小さな痛みが走った。
沖田はビクッと動いた千鶴の手に口付け、ぺろり、と手のひらをなめる。
「おっ、沖田さん!」
顔を真っ赤に染めて、手を引っ込めようとする千鶴。
でもそれを許さない。
「―お、・・・沖田さん」
真っ赤になった顔を見られたくなかった。
まるで、自分が女の子のようになった気がして・・・。
今の自分は、どこから見ても女の子ではないのに。
あの子のように・・・・可愛くないのに・・・女の子になってはいけない気がした。
じわりと、目頭が熱くなる。
泣いたら駄目。・・・・泣くなんて、許されない。
そう思って、必死に涙をこらえる。
沖田はそんな千鶴を見つめる。そして、ゆっくり口を開く。
「・・・・・・なんで、泣かないの?」
顔を上げる千鶴。それをまっすぐ見つめる沖田。
視線が絡まる。
「・・・なんで教えてくれないの?千鶴ちゃん、なんか悩んでることがあるんでしょ?」
庭でぼーっとしていた千鶴。沖田はいつから、その姿を見ていたのだろうか。
「剣の稽古しても、気分、晴れないんでしょ?・・・・・・何が原因?」
・・・・・言えるはず、なかった。
自分は可愛くなくて、沖田さんは自分のことを女の子としてなんか見てくれてない。
それが、辛い・・・・なんて。
風が、通り過ぎる。あたりはもう、薄闇に包まれていた。
「・・・・・・千鶴。」
急に呼び捨てにされて、心臓が大きくはねる。
「教えてよ、千鶴。・・・・それとも、僕には言いたくない?」
不安の色を宿した沖田の目が、千鶴を射抜く。
千鶴はその目に導かれるように、口を開く。
「・・・・・・わ、私・・・・は・・・・・女の子として・・・見てもらいたい・・・です。」
その言葉を不思議に思ったのか、沖田は少し首をかしげる。
「・・・・お、沖田さん・・・に・・―」
そこまで言いかけて、涙が零れた。
切ないような、恥ずかしいような、色々な感情が溢れてくる。
涙が止まらない。
もう、言葉が出なかった。
自分がどれだけ沖田を想っているか、今、わかる。
沖田は少しの間、千鶴を見つめてから、唐突に口付けた。
口付けたまま、強く抱きしめる。
唇を離して、鼻先がくっつくほどの距離で
「女の子としてしか見てないよ、僕は。」
千鶴はその言葉に目を見開く。
「馬鹿だね、千鶴は・・・」
そう言ってもう一度、口付ける。
涙が、また溢れる。
「ほんと、・・・・君って鈍感だね。」
嬉しそうに言って、沖田は強く抱きしめる。
それに応えるように、千鶴も強く抱きしめる。
闇に包まれた空には、細い月が出ていた。