桔梗の花を君に
その日、千鶴と沖田は町まで買い物に下りてきていた。
町はざわざわと騒がしく、はぐれないように手を繋いで歩く。
味噌や塩、米などを買って、陽も陰りはじめた頃、家路についた。
「これで十日は持ちますね、総司さん。」
千鶴は、両手に風呂敷を抱えながら、後ろを歩いて来る沖田を振り返った。
空は夕焼け、初秋の空。
そこをカアカアとカラスの群れが過ぎていく。
二人は山道を歩いていた。
家に帰るには、ここを抜けなければならないのだ。
「随分たくさん買ったよね。まあ、山道は疲れるから、なるべく回数を減らしたいしね。」
ざくざくと二人分の足音が響く。
「はーー、疲れたー。」
千鶴はそう言って、トサ、と荷物を草の上に置く。
それにならって沖田も、抱えていた大風呂敷を置く。
「少し休憩しようか。」
「はい!」
大きく返事をすると、急に沖田の手を引っ張る。
「っとと・・・千鶴?」
「こっちこっち!」
「?」
引かれるままついて行くと、目の前が一気に開けた。
山道を少し外れると、小高いその場所から、町の様子が眺められる。
夕焼けに町が赤く染まり、眩しく感じられるほどだった。
「総司さんと一緒に眺めたかったんです。綺麗でしょう?」
千鶴はそう言いながら、にこっと笑って、沖田を見上げる。
その笑顔を見て、沖田も微笑むと「ちょっと待ってて」と言って、千鶴を一人残し、山道の方へ引き返して行った。
「総司さん?」
「すぐ戻るから。町を眺めてて。」
「??」
何だかわからないまま、千鶴が言われた通りに町を眺めていると、さくっと背後に足音が聞こえた。
振り返ろうとすると、突然うしろからぎゅっと抱きしめられる。
「きゃ!」
同時に、ふわりと花の甘い香りがする。
見ると、千鶴を抱き締める沖田の腕の中に、花束があった。
「あ・・・」
そこにあるのは、紫色の桔梗の花だった。
「総司さん、これ・・・・」
「千鶴にあげるよ。さっき町で千鶴が買い物してる間に、道のはたで見つけたんだ。」
そう言って沖田は背後から、頬をすり寄せてくる。
「・・・とっても綺麗です!ありがとうございます、総司さん。」
「いい匂いだね。」
「はい。花のいい香りです。」
「あはは、違うよ。」
「え?」
「千鶴が。いい香り。」
「な!・・・何を――」
ぽっ、と頬が染まる。
こんなにたくさんの花、摘むだけでも大変そうなのに・・・
自分のために、せっせと花を摘んでくれている沖田を思うと、愛おしく感じた。
「あ、な・・・何か、お礼を――」
「え?いいよ、そんなの。僕が千鶴にあげたくて、勝手にしたことなんだし。」
「でも――・・・・」
「・・・・ん?」
背後から覗くと、俯いて少し眉を下げた顔が見える。
「・・・嬉しかったから。何か・・・したいです。」
「・・・・・」
「・・・・」
少しの沈黙の後、くすっと沖田が笑う。
その息遣いで、千鶴の髪が揺れる。
「わかった。じゃあお礼をしてもらうよ千鶴。」
「はい!なんでも。」
そう言うと、ゆっくりと後ろを向かされて、二人向き合う体勢になる。
優しく微笑む沖田の顔が目に映る。
思ってたより近くに顔があって、ドキンと胸が鳴った。
「じゃあ。千鶴から僕に、口付けして?」
「へ?」
「何でもしてくれるって言ったでしょー」
意外な言葉に声を上げると、沖田は少し拗ねたように言う。
「はやく。」
さっきまで、ドキドキさせられていたのに、急に甘えんぼになる沖田が可愛くて、千鶴は笑ってしまう。
「わかりました。」
そっと、顔を近付ける。
なのに沖田の目は閉じられなくて、
「・・・・目、瞑ってください、総司さん。」
「なんで?」
「は、恥ずかしいからです・・・!」
「はいはい」
仕方なし、といった感じで返事をして、沖田は目を瞑る。
「・・・・・」
ゆっくり顔を近付けて・・・・
そっと、千鶴から触れた。
「ん・・・」
一度触れれば、後は沖田が導くままに。
ぱさっと桔梗が一つ、地面に落ちた。