愛しさの言葉





新撰組、屯所。

その日の夕飯は、いつもにも増して騒がしかった。
理由は、酒。
新八が酒屋の店主から、新作の酒をもらってきたのだ。

「ーかあっ!こりゃ、うめえ!新八、なんでもっともらってこねんだよ!皆で飲んだら、すぐ終わっちまうじゃねえか!」

上機嫌の佐之助が声をあげる。その横で平助は一気に酒を飲み干し、

「おいおい、佐之さ〜ん!俺まだ一杯しか飲んでねんだから取って置いてくれよな!おかわり!」

「まあまあ、原田君、藤堂君も、ゆっくり味わって飲もうじゃないか。なあ、トシ。」

「・・・・・・もう一杯。」

珍しく、近藤・・・・はともかく、土方も混じって騒いでいた。
ぎゃあぎゃあと騒ぐ隊士たち。
それを横目に、千鶴は一人、部屋の隅で夕飯を食べていた。
そこへ、酒を片手に沖田がやってきた。

「あれ?こんな隅でどうしたの?千鶴ちゃん」

「あ、沖田さん。いや〜、今日こそ静かに夕飯を食べる、絶好の機会かと思いまして。」

「へ〜。じゃあ僕もここで飲もうかな。」

そう言って隣に腰を下ろす。

「千鶴ちゃんも飲めばいいのに。ほら、僕のあげるよ。」

「ええ、だ、ダメですよ。私、飲んだことないし。」

「少しなら平気だって。ほら、すっごく美味しいよ。」

「・・・・・」

少し迷う・・・・。・・・・・間。
と、意地悪そうな顔で千鶴を見つめる沖田に気付く。

「だ、だめ!だめです!私はの、飲みません!」

顔を赤くして頭をぶんぶんと振る。

「はははっ!千鶴ちゃんは正直で可愛いね〜。」

かっ・・・・可愛いって・・・。

顔がさらに赤くなる。
なんだか恥ずかしくなって近くにあった茶碗の水を飲み干す。
ぎゃははは、と笑い声が聞こえてきた。
佐之助が自慢の腹を出し、新八に落書きをされたらしい。

「あ〜あ、何度やっても飽きないよねえ〜あの二人。」

沖田はそう言って千鶴のほうを見る。
と、千鶴の顔が赤い。

「・・・・・千鶴ちゃん?」

声をかけても、虚ろに前を見つめている。
沖田は、先程千鶴が飲み干した茶碗のにおいを嗅いでみる。
ほのかに酒のにおいが残っていた。

こてっと畳に倒れる千鶴。顔を覗くと気持ちよさそうに寝ている。

「千鶴ちゃん、お〜い、千鶴ちゃ〜ん。」

すうすうと寝息が聞こえてくる。
ふう、と息をはく沖田。

「まいったなあ。」

騒いでいる隊士たちを見ながら、頭をかく。
ちらりと、もう一度千鶴を見てから中腰に立ち上がる。
そして千鶴をひょいと持ち上げる。お姫様抱っこの状態。
そのまま沖田は騒がしい部屋を出て、千鶴の部屋に向かう。

廊下を歩いている間も、千鶴は身動き一つせず、すうすうと眠っていた。

千鶴の部屋に着き、とりあえず布団を敷こうと考えた沖田は、千鶴を部屋の隅に下ろそうとする。

「よ・・・っと。」

足を先に下ろし、後頭部を手のひらで支えて、そっと畳に下ろそうとする。
すると、千鶴の手が沖田の首元に伸びてきて、抱きついてきた。

「ーっと、・・・・千鶴ちゃん?」

「・・・・ん・・・・・」

まだ、寝ぼけているらしい。

「なんだ、まだ寝てるのか。」

沖田は手を解こうとする。が、解けない。強く抱きついてくる千鶴。

「・・・・・で・・・。」

小さく声が聞こえた。
沖田は目を瞑ったまま抱きついている千鶴を見る。

「行かな・・・・・で・・。・・・・・・・や・・・置いてかな・・・・で・・・父・・・ま・・・」

涙が流れる。
夢・・・を見ているのか。ひどく悲しそうに顔をゆがめている。
沖田は涙を口でぬぐってやる。

「千鶴・・・・大丈夫だよ。僕がいる。僕が・・・・・・ずっとそばにいる。君を、守るよ。」

沖田の真実(ほんとう)の言葉。

千鶴の手の力が抜ける。
また、すうすうと寝息が聞こえて来る。

「・・・・・・・・千鶴・・・・・」

手で頬に残った涙をぬぐう。
沖田は愛しそうに千鶴を見つめる。


今度は、君が起きているときに、
この言葉を言ってあげるよ。


沖田は眠っている千鶴の唇に、自分の唇を重ねた。