ちょっとした事・・・






学校帰り。
千尋は夕食のおかずを買いにスーパーに寄っていた。
レジで会計を済ませ、外に出る。
と、前方を歩く背中を見つけた。
薄い茶色の髪、少し細めの肩。

あれ、那岐ってば・・・・いつのまにか痩せたのかな?

そんなことを思いながら声をかける。

「那岐」

・・・・・・・気付かない。

「那岐!」

那岐はそのまま、建物の影に曲がっていってしまう。
千尋は見失わないように慌てて追いかける。

「も〜、那岐ってば!」

角を曲がると、そこにはもう姿がない。
首をかしげていると、突然後ろから声をかけられた。

「何か用?千尋。」

えっ、と振り返ると、不機嫌な顔をして那岐が立っていた。

「あれ?那岐・・・・・・なんで?今、向こうに曲がっていったでしょ?」

「・・・・・・・それ、僕じゃない。人違い。」

え、と千尋が声をあげるより先に、那岐はぷいっと歩いていってしまう。
慌てて、今度こそほんとに那岐のあとを追う。


冷たい風が二人の間をかける。
千尋と那岐は、二人で縦に並んで家に向かっていた。
日が落ちるのが早くなって、辺りはすでに暗くなっている。
がさがさとスーパーの袋が音をたてる。

「・・・・・・なによ、那岐。怒ってるの?・・・・間違ったから?」

「・・・・・・・・」

何も返答がない。
千尋は小走りに那岐の横に並ぶ。

「・・・・別に怒ってなんかないよ、そのくらいで。・・・・千尋じゃあるまいし。」

「最後の一言が余計。じゃあ、なんで不機嫌なの?」

「・・・・・なんでもないし。不機嫌でもない。」

「嘘。怒ってるじゃない、こっち見ようとしないし。」

「・・・・怒ってない、別に。」

そう言いながら、まったくこっちを見ようとしない那岐。

「那岐ってば!」

無視・・・・・・。
つかつかと歩く那岐。
千尋の足が止まる。
袋のがさがさ音が途切れたのに気付き、那岐も足を止め、後ろを振り向く。
俯いたまま、千尋が立っていた。

「千尋」

俯いたまま

「那岐のばか・・・・・。私だって、怒りたいんだから!」

「はあ?なんで千尋が怒るわけ?」

「無視したじゃん!私のこと!」

「いつ?・・・・・なに、今?」

「違うよ!さっき!後ろから呼んだのに気付かなかったじゃない!」

「・・・・・・・あれは、だって、僕じゃなかっただろ?千尋が間違ったんじゃないか。」

「―〜・・・・・」

うりゅっと目に涙が浮かぶ。

「だって・・・・・・・・」

「〜・・・泣くなよ」

ぐしぐしと涙を拭いて、千尋はそのまま顔を隠す。

「那岐に・・・・無視されたと思って・・・・・悲しかったよ、私だって・・・・!」

意外な言葉に那岐は言葉を失う。
えぐえぐと子供のように泣く千尋。
那岐は、じっと千尋を見て、一つため息をつく。
少し離れた二人の距離を、縮める。
そのまま千尋を抱きしめる。

「・・・・・ごめん。」

なんで、僕が?

でも、とりあえず千尋の涙を止めるのが先だと思う那岐。
そっと頭を撫でてやる。
ひっくひっくとしていた息が落ち着いてくる。

「・・・でも、千尋も悪いよ。僕と他の男を間違えるなんてさ。」

悔しいので一つ意地悪を言う。
千尋はうん、と頷いて

「ごめんね、那岐。」

素直に言う千尋に、自然と笑みがこぼれる。

「これで、おあいこだ、千尋。」

「うん。・・・・・・もう無視しないでね?」

「・・・・するわけないだろ。」

僕は千尋しか見てないんだから。

耳のそばで那岐が言う。
千尋は、顔を赤くして微笑む。
ぎゅっと那岐が力を込める。

風がひゅうと音をたてて、通り過ぎる。
星が一つ、瞬いた。