ただ、あなたの傍にいたい






村を出ると祭りの音が遠くに聞こえた。
月明かりに青く照らされた道を歩いて、千尋はひとり、那岐を探していた。
昼間も体調が悪いように見えた那岐。
でも本人は平気だと言い張る。
千尋はそんな那岐が心配で探しにきた。

林の中に入る。
きょろきょろとあたりを見回すと、そこに那岐がいた。

「那岐」

言うと那岐が振り向く。

「・・・・千尋?なんでこんなところに・・・・てゆうかそれ、何?」

千尋の手には湯気が立つ茶碗が握られていた。

「薬湯だよ。」

「・・・薬湯?」

「お祭りの出店にあったの。那岐、今日調子悪そうだったから。」

「・・・・・はあ。大丈夫だって言ったじゃないか。」

「私には大丈夫そうに見えなかったの。はい、飲んで。」

ずいっと茶碗を突き出す千尋。
一つため息をついて、那岐はそれを受取る。

「お祭りの所から持って来たから冷めちゃったかも・・・」

一応、ふうっと息をかけてから、那岐は茶碗に口をつける。

「・・・・・・にがい?」

「っ・・・・・・」

那岐は飲むか飲まないかで口を離す。

「そんなににがかったの?」

心配そうに顔を覗き込む千尋。

「・・・・違う、熱い。」

口を押さえながらも那岐は、はっきりと言う。

「え!?ごめん、大丈夫?」

手をどかしてみると口が少し赤くなっていた。

「ごめん那岐。冷めてるかと思って・・・・」

心配する千尋を那岐はじっと見つめる。
なんだか少し怒ってるような顔。

「痛い?」

聞くと那岐は

「冷やせば大丈夫だけど」

そう言って唐突に千尋に顔を近づける。

「わっ、那岐?」

那岐は赤くなった口を、千尋の耳にちゅっと音をたててあてると、そのまま動かなくなる。

「やっ・・・那岐!?何してんの!」

「口、冷やしてるんだよ。耳たぶって冷たいんだろ?」

くすくすと息が千尋の耳にかかる。

「からかってるでしょ!もう!」

千尋は顔を赤くしながら、どん、と那岐を押す。
耳から離れた那岐の顔はすごく穏やかだった。

「なに・・・・」
その顔・・・・・さっきまでからかってたくせに・・・

「・・・・もう少しここにいれば。“一歩離れたところ”の方が、祭りも楽しめる。」

まるで何事もなかったかのように話す那岐。
さわさわと風が吹けば、なぜだか千尋の心も落ち着きを取り戻す。

祭りの音が遠くに聞こえる。
淡い青の世界。心地の良い風。

那岐が心配で探しに来た・・・・・
それはそうだが、きっと
ただ那岐の近くにいたかった
それだけなのかもしれない。

千尋はそう思って、耳たぶをそっと撫でた。