家の中の恋人






ザワザワと廊下が騒がしくなる。
放課後の学校はいつもこんなに騒がしかったかと思う。
クラスの子たちは、部活やら遊びに行くやらで、まとまって教室を出ていく。
千尋は一人、職員室に来ていた。

「風早先生。今日は何時に帰ってくるの?」

声をかけられた風早は、書類の山から顔を出す。

「・・・ん〜、今日は少し遅くなるかもしれないです。」

「じゃあ、私が夕食作っておけばいい?」

「お願いします。あと、那岐にも何か作ってあげてくださいね。」

「わかった。じゃあ先生、お仕事がんばってね。」

はい。と風早は笑って言って、また書類に目を落とす。
千尋はそのまま職員室を出る。


外に出ると、夕日が空を真赤に染めていた。カラスが鳴きながら飛んでいく。
千尋は帰り道、スーパーに寄って夕食のおかずを買う。
とりあえず、那岐の夕食はおかゆにしてあげようと決める。
那岐は体調を崩し、学校を休んでいた。
だから今日、千尋はお昼を一人で過ごした。でも別にその事に関して寂しいということはない。
帰り道も、今日は那岐がいないというだけだ。

ネギを刻んで入れて、卵でとじて・・・・。

おかゆの具の事を考えていたら、いつの間にか家に着いていた。
玄関の鍵を開けようとすると、勝手にドアが開く。

「・・・・・おかえり。」

那岐が立っていた。

「那岐!ただいま・・・起きてて大丈夫なの?」

「ん」

そう言って、那岐はドアを閉める。
居間に入ると、一人で随分くつろいでいたらしく、色々なものが散乱していた。

「なに買ってきたの?おなか空いたんだけど。」

那岐に言われて、千尋はスーパーの袋からお菓子を取り出す。

「じゃーん!見て見て!“たけのこの里”ならぬ、すぎのこー!珍しいでしょ?」

「・・・・・・」

「おかゆ作り終わるまで、これでも食べてて。あ、とっといてよ!」

そう言って台所に向かう千尋。
那岐は“すぎのこ”をジロジロと眺めてから、炬燵に入って食べ始める。


少し経つと、居間にいいにおいが流れてきた。

「おまたせー。はい、どうぞ。」

那岐の目の前におかゆが湯気を立てて置かれる。

「結構うまく出来たと思うよ。熱いから気をつけてね。あ、それより“すぎのこ”美味しかった?食べてみよー。」

そう言って千尋は那岐のすぐ隣に座って、お菓子を食べ始める。

「・・・・・千尋。」

「あ、おいしいこれ!また買ってこよ。・・・なに?那岐。」

「食べさせてよ。」

「・・・・・・・はい?」

「僕、一応病人なんだけど。」

「・・・・・・・」

千尋の顔が赤くなる。

「なん―・・・だ、だって元気じゃん!もう治ってるじゃん!」

「食べさせてくれないんだ。そのために僕のすぐ隣に座ったのかと思ったんだけど。」

えっ、と千尋は自分の座っている位置を見る。
那岐のすぐ横。体がくっついている。

「・・・ああ、そうか。」

那岐がなるほど、という感じでつぶやく。
なに?という顔で、千尋は那岐を見る。

「・・・・寂しかった?千尋?」

そう言われて、千尋の顔は真っ赤になる。

「さっ・・・!」

言葉が出ない。

「だからこんなに僕の近くに来たんだろ?」

飄々と言って那岐は千尋を押し倒す。

「ちょっ・・・!那岐!?」

急な事に千尋が戸惑っていると、那岐の顔が近付いてくる。
そのまま唇を重ねられる。

「んっ・・・!」

ちゅっと唇を離すと、那岐は薄く眼を開けて

「大丈夫。風邪、もう治ってるからうつったりしないよ。」

やっぱり治ってるんじゃん!と言う前に、また唇を重ねられる。
今度はさっきより長く。
千尋はだんだんと力が抜けてきてしまう。
那岐の右手がキスをしながら、千尋の頬を撫でる。

「ん・・・ふっ・・」

「・・・・寂しかった?」

合間に那岐が問う。
千尋の手が那岐の背中をぎゅっと抱きしめる。
唇を離してやると千尋は息を切らしながら

「・・・・・・・・そう・・かも・・・」

朝、学校へ行く道。
学校の休み時間。夕焼けの帰り道。
那岐がいないと、なにか空しい。
家に着いて、傍で過ごせることがすごく嬉しい。

「・・・明日は、一緒にいようね。」

顔を赤くして言う千尋に、那岐はにこっと笑ってもう一度唇を重ねる。

「当たり前だろ。」

耳元で優しく言えば、千尋は嬉しそうに微笑む。

風早が帰って来るまでもう少し、このままで・・・。