桜は薄紫に舞う 前編






その日の将臣は機嫌がよかった。
平家での役割に一区切りつけて、久しぶりに源氏、八葉として京に戻ってきたからだ。
京は桜が咲き、花見を楽しむ人たちで賑わっていた。その中を縫うように将臣は歩く。

望美は元気にやっているだろうか、怪我なんてしていないだろうか、寂しがってはいないだろうか。

八葉に戻るときは、心の中をいつも望美が占めていた。
自分を見て抱きつく勢いで駆けてくる望美を、愛おしく思う。
はやく会いたい。
そう思って少し早足で皆のところに向かう。


日が傾いた頃、将臣は邸に着いた。庭で鍛錬をしていた九郎を見つける。

「将臣!久しぶりだな!」

将臣に気付いた九郎は、手を休め歩いてくる。その声を聞いて、奥から次々と八葉が顔を出す。
それぞれ思い思いのことを言いながら再会を喜ぶ。
が、そこに望美はいない。おまけにヒノエもいなかった。

「・・・望美は?」

聞くと弁慶が答える。

「望美さんは、ヒノエが連れて行ってしまったんですよ。桜を見てくるとか何とか。」

「・・・・・まったく、ヒノエ殿には困ったものだわ。野暮なマネはするな、なんて言って出て行ったのよ?」

朔がため息をつきながら言う。

「もうすぐ帰ってくるわよ。中で待ってましょう。」

そう言われて屋敷に入ろうとしたところで声がした。

「ただいまー!」

「あら、ちょうど帰ってきたわね。」

振り返ると望美の姿が目に入った。門の方からヒノエと楽しそうに話しながら歩いてくる。
それを見て将臣は方眉を少し上げる。

「あ!将臣くん!」

望美は将臣を見つけて駆け寄ろうとする。するとその手をヒノエが掴む。
ヒノエはそのまま抱き寄せて、後ろから望美のお腹辺りに腕を回す。

「なんだ、姫君はつれないね。将臣を見た途端、心移りをしてしまうなんてさ。」

「ちょ、ヒノエくん!そうゆう事はやめてって、いつも言ってるでしょ!」

二人がじゃれあってる姿を見て、はあ、と一同はため息をつく。

「ふふ、わかったよ。今度は二人きりの時にしてやるよ、俺の神子姫様。」

ちゅっと耳に口付けをするヒノエ。
もうっ、と言って望美はヒノエから離れる。

「・・・・はあ。・・・・・・じゃあ皆さん、先輩も帰ってきたことですし夕食にしましょうか。」

譲がそう言うと一同はぞろぞろと邸の中に入っていく。
望美はぱたぱたと将臣のもとに駆け寄ってくる。

「将臣くん、おかえり!」

「・・・ただいま。」

満面の笑みで言う望美に、将臣も笑顔で応える。

「将臣、もう用は済んだのかい?今回は随分長いこと留守にしてたけど。」

靴を脱ぎながらヒノエが言う。

「まあな。でもしばらくは、ここにいられそうだぜ。」

「ほんと?良かった!」

三人で廊下を歩く。

「ま、俺がいるんだから姫君の安全は保障するぜ。だから将臣には、いくらでも長期留守にしてもらってかまわないからさ。」

「なに言ってんのよ、ヒノエくん!」

ははは、と笑うヒノエの肩をポカッと叩く望美。
将臣はそんな二人を見て淡く笑んだ。









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