桜は薄紫に舞う 後編






夜。
夕食を終えると皆それぞれ、風呂に入ったり、書物を読んだりと自分の用をするために自室に戻っていった。
望美も風呂の支度をしようと自室に向かう。
途中、外廊下を歩いていると庭に人影が見えた。
月明かりに照らされた姿は、将臣だった。
虚空を見つめて何かを考えている。しかしその表情は、難しい顔というより影を帯びた、悲しい顔のように見えた。
心配になって望美は声をかける。

「・・・・・将臣くん・・・?」

ハッと気付いて顔を向ける将臣。
そのまま何も言わずに歩いて来て、廊下に上がる。
手が届くほど近い距離で、じっと望美を見つめてから将臣はにこっと笑う。

「なんだ?なにか用があったんだろ?」

いつもの調子の声に望美はほっとする。

「別に・・・用はないよ。呼んでみただけー。」

「なんだそりゃ。」

ふっと鼻で笑う将臣。

なんか・・・・元気がない・・・?

望美はそう感じた。多分、幼馴染にしかわからないほどの、小さな違和感。

風が弱く吹いて、桜の花びらが舞う。
月明かりで薄い紫色をした花びら。
急に将臣の手が伸びて、望美の髪に触れる。
なにかと思って目線だけ上に向ける望美。

「・・・・・・花びら。」

将臣の手には一枚の花びら。髪の毛についていたらしい。

「ありがと。」

望美がそう言うのとほぼ同時に、急に腕を引かれた。
二人の距離が縮まる。

「俺は・・・・」

唐突に話を始める。

「またここを離れなくちゃならねえんだ。・・・いつまた会えるか、わからない。」

「・・・・・・・うん。」

風が少し強く吹く。

「でも・・・・もう大丈夫だよな。俺がいなくても。」

急な言葉に、望美は動けなくなる。

「・・・・八葉としてお前を守りたいとは思ってる・・・。けどお前が大丈夫なら、俺はもう、ここには来ない方がいいと思う・・・・。」

ざーっと風が吹く。月明かりに、桜が薄紫に色づく。

あまりに唐突に言われたその言葉に、望美の思考が止まる。

「・・・・え、何言って・・・・・・・ここに、来るのが・・・・嫌なの?」

望美が聞くと将臣は首を振る。

「じゃあ・・・・なんで?言ってる意味がわかんないよ、将臣君・・・。私は・・・・・将臣くんに会えないのは嫌だよ?」

心の奥がぎゅっと痛くなって、息が苦しくなる。
将臣は、眉を寄せて難しい顔をする。

「・・・・・」

「・・・・・・もう・・・会いに来るの、大変になっちゃった?・・・疲れちゃった?だったら今度は私が会いに行くよ。」

将臣の表情をうかがうように、望美は少し明るい声で言う。
難しい顔のまま、将臣は何も言わない。

「・・・・・なんで?」

今にも泣き出しそうな顔で将臣を見上げてくる。

将臣はひとつ息をはいてから、ゆっくり口を開く。

「・・・お前、他の八葉と・・・楽しくやれてるだろ?・・・・・・俺の出る幕はねえってことだ。せっかく楽しくやってんのに、俺が出たり入ったりじゃ、いらねえ寂しさを味わうことになんだろ。だから・・・・俺は、あまりここに来ない方がいい。」

それを聞いて望美は声をあげる。

「じゃあ、ずっとここにいて!・・・どこかに行かないで!傍にいてよ!」

将臣は望美を見つめる。

「・・・・会わないなんて・・・言わないでよ。他の用なんか・・・・・・ほっといて、・・・傍にいてよ、将臣くん・・・。」

そう言いながら俯く望美。
ざあっと風が吹いて花が舞う。

「・・・将臣君がいなくちゃ、寂しい事くらい・・・わかってるでしょう?」

ぽろり、と涙が落ちる。

「・・・・望美・・・」

望美はぎゅっと将臣に抱き付く。
淡い色の髪が風になびく。
そっと、その髪に手を添えてやると、さらに強く望美が抱き付いてくる。

会えない事が、別れる事よりずっとずっと辛い。小さい頃からずっと一緒に過ごしてきた者ならなおさら。

「・・・・将臣くん・・・・・・・・・・好き。」

小さく、でもはっきりと聞こえた。
将臣は強く強く抱きしめ返す。

触れた温もりから、望美の想いにやっと到る。

「・・・・・・・ごめん・・・・。俺も・・・・好きだ。」

離れても、離れても、
いつか会えることが辛さを紛らわせる。



桜の、舞う花びらが二人を包む。

また離れる時が来ても、

想いがある限り
必ずつながり続ける。









終わり