熊野山道






夏の熊野。

白龍の神子一行は、山道を登っていた。
蝉がうるさく騒ぎ、汗は頬を流れる。
しかし高い木に覆われた山道は、他の場所の暑さよりも、多少は和らいでいた。

その中でひと際汗をかいているのが、白龍の神子、望美だった。
夏の暑さ・・・それもあるが、実の理由は違った。

少し前、起伏の激しい山道で、右足をくじいてしまったのだ。
さいわい、誰に気付かれることもなく、ここまで登って来た。

最初のうちは痛みも少なく、大丈夫かと思ったのだが、いよいよ痛みが辛いものになってきていた。
本当は少し休みたかったのだが、そうも言いにくい。
朔も小さい白龍も、辛い中登っている。八葉のみんなだって大変なはず。
そんな中で、自分だけ足をくじいたなんて、言い出せなかった。

汗が流れる。でも汗を拭く余裕さえないほど、足の痛みは大きなものになっていた。
暑さが追い討ちをかける。

・・・でも歩く速度は変えたくない、みんなに迷惑はかけたくない。

望美はそう思いながらふと顔をあげる。
すると、ちょうど九郎がみんなを振り返っていた。

「皆、少し休憩しよう。」

九郎の言葉に、みんな、それぞれ休み始める。
望美は足の様子が気になり、木の陰、みんなから見えないところに休憩の場所をとった。
座るのにちょうどいい石を見つけて、そこに座る。
靴を脱いで、様子を見ようとしていたところに、将臣がやってきた。
どきっと心臓がはねる。

「ま、将臣くん、なに、どうしたの?」

将臣は何も言わず、望美の前に膝をつく。
望美の裸足になっている右足を見て、眉をひそめる。

「やっぱりな。歩き方、後ろから見てておかしいと思ったんだ。」

赤く腫れた足首を、そっと掴む。

「っ・・・・」

将臣はさらに眉をひそめる。

「弁慶に診てもらえ。呼んできてやるから。」

「だめ!」

立ち上がった将臣の袖を、望美が掴む。

「こんなんじゃ、もう歩けねえだろ。いいから、ここで待ってろ。」

「やだ!だめ!」

「・・・・・じゃあ、他のやつにはバレねえようにするから。」

望美は強く首を振る。
かたくなな望美の態度に将臣は一つため息をつく。
もう一度膝をつくと、望美と目線を合わせる。

「じゃあ、どうすんだ。診てもらいたくなくて、痛くて歩けねえ。」

望美は俯いたまま

「歩けるもん。・・・・少し休めば大丈夫だもん。」

「・・・・・・」

少し離れたところから、みんなの声が聞こえてくる。

はあ、と将臣はもう一度ため息をつく。

「望美!・・・いい加減わがまま言うのは・・・」

言いかけて、望美の瞳から一筋、涙が流れているのに気付く。

「・・・・・・だって・・・・言いたくないんだもん。・・・・足くじいたなんて・・・・言いたくない。私だって山道くらい、みんなと同じに登れるもん。」

言いながら、涙がぽろぽろと零れ落ちる。
何が悲しいのか、・・・・・眉毛を下げて俯いたまま。
将臣は、そんな望美を見て、今度は鼻から大きく息をはく。

「・・・・足くじいたからって、誰もお前が情けないなんて思わねえよ。」

望美は俯いたまま・・・・。

また一つ、涙が零れる。

「・・・・・・・・・・・・・わかった。・・・わかったよ、誰にも言わねえ。自分でちゃんと、歩けるんだな?」

「・・・・・・・・・うん。」

くしゃり、と望美の頭をなでる。
望美がやっと将臣に視線を向ける。

「けど。俺につかまって歩けよ。じゃなきゃ歩かせねえ。」

力強く言う将臣に望美は、うん、とうなずく。

出発するぞー、と声が聞こえてきた。
将臣は望美の腕を持って立ち上がらせる。

「ありがと、将臣くん。」

「・・・・・・・バレねえように、しっかりつかまっとけ。」

二人はみんなの所へ戻っていく。

峠を越えるまで、あと少し。