綺麗の定義







「傷、また増えちゃったな・・・」

夜、望美は風呂に入りながら、自分の足を見る。
梶原邸に泊まらせてもらって一日目のこと。
山の中を歩いている時はあまり感じないが、町に出てくるといつも思うこと。

「私も袴みたいなの、はけばいいのかなあ〜。そうすれば足の傷も目立たないし・・・」

足をさすりながら、ぶつぶつと独り言を言っていると、扉の向こうから話しかけられる。

「望美〜、なに独り言言ってるの?湯加減はどう?」

朔の声。くすくすと笑っている。

「わ、聞かれた?湯加減は、うん、ちょうどいいよー。」

「そう、良かった。寝巻き、ここに置いておくわね。」

「ありがとー。」

がたがたと扉の向こうで音がしている。

「・・・・それで?悩み事?」

「え?」

「望美は袴なんてやめてね?女の子なんだから。」

くすくすと弾む声で朔が言う。

「!?も〜、朔ってば聞いてたの?恥ずかしいなあ!」

「ふふっ、ごめんなさい、聞こえちゃったのよ。」

望美は顔を赤くして湯に顔をつける。

「・・・・・・・傷がね・・・・すごいから・・・。」

「・・・・傷?ああ、・・・足のってこと?」

「うん」

「大丈夫よ。闘ってるんだもの、しょうがないわよ。恥ずかしいことなんてないわ。」

「・・・・・う・・ん」

ぶくぶくと湯の中で息を吐く。
町を歩く女の子たちは、皆綺麗な格好をしていて・・・
でも自分は汗に汚れに、おまけに傷だらけなんて・・・・・・
そう思うと恥ずかしくて、いっそズボンをはきたくなる。
でもズボンなんてこの世界にはない。
ふう、と溜息を吐く。

・・・・・なんだか頭がぼーっとしてきた。
顔が赤いのがわかる。

「・・・・・望美?」

朔の声がする。
でもそれが、とても遠くに聞こえる。返事が出来ない。

あれ・・・?おかしいなあ・・・・・・

そう思うと同時に、意識が途切れた。





ひやりとした感触に目が覚める。
まっすぐ先に天井が見えた。体にかかる布団の感触。
横を向くとぱさっと手拭いが額から落ちる。

「・・・・・あれ・・・・?」

ぼーっと目線だけで辺りを見回すと、そこが自分の部屋だとわかる。

廊下から足音が聞こえて、襖がゆっくり開く。
誰かの足が襖の向こうにあった。

「おーい、酒とっとけよー!」

将臣の声。廊下の先に向かって声を上げている。
視線を上げると目が合った。

「おっ、望美!気がついたか?」

将臣は襖を閉めると、布団の横に座る。
大きな掌が望美の額と目を覆う。

「ん・・・だいぶいい。ったく、この年になってのぼせてんなよ、望美。」

「・・・・・・・・・・・・考え事してたらのぼせちゃったみたい・・・・。」

「俺が着替えさせてやったから、安心しろ。」

「ええ!?」

ぱちっと目を開き、大きな声を上げると将臣は豪快に笑う。

「うっそだって!くくく・・・朔だよ。」

「〜もう〜・・・!」

将臣は笑いながら望美の頭を撫でる。

「そんなに元気なら大丈夫だな。運んだのは俺だぜ、感謝しろよ。」

「・・・・・・ありがと・・ございますぅ・・・」

ぼそぼそと言う望美。

「・・・で?考え事って?」

「・・・・・・」

「言いたくねえなら別にいいけど。」

「・・・・・・・・将臣君は・・・・足、・・・とか、見てるの?」

唐突な質問。

「足ぃ?なんだそりゃ」

「女の子の。足。」

「女の足?見てるって・・・それただの変態じゃねえか。」

「もう、違うよ!〜・・・・・もういい!」

ばふっと布団をかぶる望美に将臣はくすくすと笑う。

「足の傷なら気にすんな。そのうち消えるさ。」

「・・・・・・わかってたんじゃない!」

布団に覆われているせいで望美の声がくもる。

「ふっ、だってお前いつも自分の足撫でて、気にしてるみてえだから。」

「・・・・・・・・・将臣君は?・・・・綺麗なほうがいいでしょ?」

布団をかぶったまま聞く。
・・・・・・・返事が返ってこない。
不安になって目だけ布団から出すと、一気に首の所までめくられる。

「わっ、ちょっと将臣く――」

目の前に将臣に顔があって言葉が途切れる。

「・・・・・ばぁか。んなこと気にすんなよ。」

キスが出来るほど顔が近い。将臣の低い声が体に振動する。

「お前が思ってるよりずっと、お前は綺麗だから。大丈夫だ。」

優しい声で、囁くように言う。

望美の目に涙がたまる。
ちゅっと将臣は、その涙を口でぬぐう。
両手で望美の顔を包んでやると、顔が真っ赤になる。
将臣は優しく微笑んで、唇にキスを落とす。
にこっと笑って顔を離すと、望美の額に手を置く。

「・・・・また熱くなったな。」

そう言って将臣は手拭いを桶の水で冷やして、また望美の額にのせる。

「もう少し寝てろよ。」

「・・・・・うん・・・・お酒、飲みに行くの?」

眉毛を下げて、少し寂しそうに言う望美に将臣はしょうがねえな、と笑う。

「はやく寝ろよ〜。酒が俺を待ってんだからな。」

その声はすごく優しい。

「・・・・サイテー、将臣くーん。」

くすくすと二人笑いあう。

廊下の奥からは、皆の笑いあう声が聞こえていた。