貴方の世界を、知り尽くしたい





「あら、将臣殿?」

熊野の港町で、そう声をかけられた。

二人で歩いていた将臣と望美は、一緒に振り向く。
そこにいたのは薄紫の着物を身に着けた、黒髪の綺麗な女の人だった。
望美は会った覚えのないその人に、首をかしげる。

「おー、椿じゃねえか!久しぶりだなあ!」

将臣はその人に近づいていく。すると女の人は将臣に抱きつく。

「もう、最近全然来てくれないから、寂しかったのよ?」

「ははっ、わりい、わりい。俺も最近は色々、忙しくてな。」

なんだか、親しそうな会話が続く。望美は静かにその様子を見ていた。
椿と呼ばれた彼女は、なれなれしく将臣に触る。将臣もそのことを全く気にしていないようだ。
と、椿が望美に気付く。

「あ〜ら、なによ、将臣殿、この子は」

「えっ、わ、私―・・・?」

急に声をかけられて、あたふたとしてしまう。

「望美だ。俺の幼馴染なんだ。」

「・・・ふ〜ん。」

椿は不満そうに口を尖らせる。じろっと望美を見て、

「ま、いいわ。たまには遊びに来てね、将臣殿。じゃあ。」

そう言ってさっさと去っていく。

「相変わらずだなあ、あいつは」

くつくつと笑って、椿とは逆の方向に歩き出す将臣。望美は慌ててその後を追う。


人ごみの中、将臣の背中を見つめながら後をついて行く。

・・・・あの人、誰?

そう聞きたいのに、口に出来ない。
今まで過ごしてきた中で、将臣の知り合いは望美の知り合いであり、将臣の世界は望美の世界であった。
それが、時空を超えてしまったために、将臣だけの知り合い、将臣だけの世界が出来てしまっていた。
それは、将臣と再会したときから少しずつ感じていたこと。
自分の知らない将臣がいる。
望美にとってそれは、世界が欠けてしまったのと同じだった。

ぼーっと歩いていると、急に手を繋がれる。
顔を上げると

「なに、ぼーっとしてんだ?はぐれちまうぞ。」

しょうがないな、という顔。でも、優しさが溢れている顔。
将臣のこの顔が好きだと思いながら望美は

「・・・はぐれないよ。もう子供じゃないんだから。」

「あ、そ。」

そっけない返答に、もっと言い返したくなる。

「わ、私だって、・・・将臣くんのいない間に成長したんだから。剣だって、・・・リズ先生に習って使えるようになったし・・・!」

「確かに、それには俺もびっくりしたぜ。あの望美が、こんなにたくましくなるなんてなあ。」

からかうように言う。望美は、なんだか無性に腹が立って

「もうっ!からかわないでよ!私だって将臣くんの知らないところで、い、色々頑張ってるんだから!」

急に大きな声を出した望美に、将臣は目を見開く。

「なん―・・・・どうした?望美」

大きな声を出してしまったことに、望美の顔はみるみる赤くなる。
じわっと涙が浮かんできた。
将臣が心配そうに顔を覗き込む。

「望美?」

優しく言われれば、気持ちが溢れる。
少しこぼれた涙をぐしぐしと拭きながら

「――・・・・だ、・・・誰?・・・・あの人・・・・・・・」

「ん?・・・・あの人・・・って・・・・椿のこと、か?」

うん、とうなずく。

「前、知盛と酒を飲みに行ってな。そこで知り合ったんだ。おもしれえ奴だぜ、椿は。」

呼び捨てなんて、しないで。

「・・・・な、なんか・・・・・友達以上って感じだった・・・・」

「・・・・そうか?」

「そうだよ・・・!・・・・将臣くんに・・・・触ってるし・・・。遊びに来て、とか・・・・寂しいとかさ・・・・。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

将臣はじっと望美を見て、少し考えていた。
ふと口を開く。

「望美・・・・お前、何か勘違いしてないか?」

答えになっていない言葉。望美は不思議そうな顔を将臣に向ける。

「あいつは、椿はなあ、ああ見えて・・・・

男なんだ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

まさかの言葉に唖然とする望美。

「・・・・・・うそ!」

はあ、と大きくため息をつく将臣。

「まあ、どう見ても女にしか見えねえよな。酒の席であいつが男だってわかってさあ。それで大盛り上がり。こっちの世界にも、そうゆうやつっているんだなあ。」

口を開いたまま、ぼけっとする望美。
それを見て将臣は嬉しそうに笑む。

「望美〜?まさか、やきもちかあ?」

その言葉に真っ赤になる。

「ち、違う!違うもん!なに言って―・・・・・・!〜将臣くんのばか!」

言ってるうちに抱きしめられる。周りの雑踏が、そこだけ避ける。

「ちょっ、ちょっと将臣くん!恥ずかしいよ!」

「・・・・・・・・・・望美。」

耳元で、低い艶やかな声。どくっと心臓が動く。

「不安に・・・なったか?お前の知らない俺を見て。」

「・・・・・・・・・」

なんでもお見通しなんだ・・・・。でも、それが、二人の距離。

「ごめんな。俺は、・・・・・・お前が聞けばなんだって話すぜ?隠さなくちゃいけねえことなんて、何もないしな。・・・・・・・・・・・望美、・・・・・お前は?」
ん?と思って顔を向ける望美。

「お前は?俺に何でも話してくれるか?・・・俺がそばにいられなかった間のこと。」

将臣も、自分と同じ気持ちなのかもしれない。そう、望美は思う。

「・・・・・俺は、望美のこと、なんでも知ってたいんだ。俺の知らないところで、勝手に成長なんか・・・しなくていんだよ。」

「・・・うん・・・・・・。」

嬉しい。その気持ちが、その言葉が。

将臣の背中に腕をまわす。

「じゃあ、将臣くんも教えて。将臣くんの、全部。」

将臣の世界、全てを、知り尽くしたい。そう、思った。