君が奏でる言の葉がとても好き。
多分…それは君が考えているよりもずっと好きなんだと思う。
それと同時に、今、この瞬間…君がいる事、君が存在し続けている事。
泣いてしまいそうなくらい…――――ただ、愛している。



君が奏でる旋律

 
(優しくて綺麗な音)

 

「千鶴ちゃん」


綺麗な山吹色に染まる夕暮れの廊下で、薄桜学園の唯一の花園である雪村千鶴に声を掛けたのは二年生の沖田総司だ。千鶴が振り返ると沖田は相変わらず読めない笑顔で千鶴に近寄る。


「何しているの、千鶴ちゃん。今日はあのシスコンのお兄さんは隣にいないわけ?」
「あ、えーっと…薫とはいつも一緒に居る訳じゃありませんから」
「ふーん、そうなんだね」


沖田の突然の質問に千鶴は対応できないのか視線を逸らしながら……
いや、正確に言えば視線を泳がせながら困惑した表情で答えた。
千鶴の様子がおかしいと思ったが「面白そうだから」という理由で沖田はあえて話を逸らす。
  何故かといえば…千鶴の手元には大事そうに本を抱えていて、理由は分からないが妙に気になったからだった。


「沖田、先輩…?どうしたんですか、珍しくぼっーとして…あ!!まさか熱でもあるんでは!?
もしかしたら変な物でも食べたとか!?そうだとしたら…」
「あはははは、大丈夫だよ。千鶴ちゃん僕は熱もないし、変な物も食べてないから心配しなくてもいいよ。」


困った顔をして慌てふためいたり、人の心配をしたりと…
いろんな表情を浮かべる千鶴の事が面白くなった沖田は、突然「あ」とわざとらしく間抜けな声を出した。


「そういえば…最近、千鶴ちゃんどこか行っているよね?
放課後にこそこそと隠れて何かしている事と言えば…―――――教師と生徒の禁断の恋とか?」
「そ、そそそそそ、そんな事あるわけないじゃないですか!!」


あからさまに誰から見ても“はい。そうです”と言っているようにしか聞こえない千鶴の返答に
沖田は自身の笑いのつぼにはまったらしく…ふっと吹き出した。


「あ、ごめん、ごめん。
君がそういうイケナイ事をする子じゃないっていう事は分かっているからね」


頬笑みを崩さないまま手を伸ばして千鶴の髪を優しく撫でる。
―――…一瞬だけ沖田の仕草が何故か妙に懐かしい気分になった気がした。
だが今の千鶴にとっては沖田にからかわれたと言う事が凄く恥ずかしくようで顔を真っ赤にさせて俯いた。

――本人は決してわざとではないと思うが上目遣いで瞳には少し涙を浮かべている。
その表情は誰が見ても赤面するような…まさに天使の顔だ。
暫く千鶴の顔をじぃと見ていた沖田は自嘲的な笑みを浮かべ、千鶴の耳元へ言葉を囁く。


「…そんな顔をしたら、駄目だよ?―――――僕が君にキスとかするかもね。」
「な……っ!?」


沖田の言葉に千鶴の肩がびくん、と肩が跳ね上がる。
沖田は冗談で言ったつもりなのに危険と察知した千鶴は数歩後ずさりながら沖田へと何かを言おうとしていたが、
上手く口が回らずパクパクと鯉のように口を動かしていた。


「千鶴ちゃん、ごめんね。そんなに君が反応するなんて思わなかったからさ…只の悪戯だよ。い・た・ず・ら」
「も、もうっ!!悪戯って思えるような悪戯をしてくださいっ!」
「えぇー、顔を真っ赤にして言われても全然、説得力無いんだけどなぁ…」
「うぅ…」


確かにそうだ。耳まで真っ赤にした女子にそんな事を言われても全然説得力は無く、
むしろ沖田にとっては「もっと苛めて下さい」と言っているようにしか聞こえない。
酷くうろたえた千鶴は沖田の言い文に対して何も言う術は無く、困ったような声で小さく唸った。

言い合いをしていた埒が明かないと思った千鶴はいち早くここから立ち足り去りたくて
沖田の傍から立ち去ろうと駆けだした瞬間…
―――悪魔の様な微笑みで肩を力強く掴まれた。否、捕まれた、と言った方が正確だろう。


「……ねぇ、どこに行くのかは教えてくれてもいいんじゃない?」
「あ、あの、えと…その…っ!」
「―――あと三秒で言わないと…千鶴ちゃんが危険な目にあうかもね」
「え…?あ、で、でも……」
「あははははは、カウントダウン始めるよー。三、二、…」
「わ、分かりました…分かりましたからっ!!」


沖田の脅しに青ざめた千鶴は碌な事にはならないと判断して必死に頷きながら、渋々に言う事を聞いた。



―――――――――――――――



千鶴に案内されて来た場所は音楽室だ。
いつもなら鍵がされていて中には入れないはずだが、
千鶴は音楽室の鍵を持っていて鍵穴に鍵を通せば簡単に開いた。

何故千鶴が放課後に音楽室に来ているかというと、
入学式や卒業式でピアノを演奏するらしく、本人の意思関係なく勝手に決まって「弾いてくれないか?」と音楽担当の教師に頼まれたが原因らしい。
それ以来千鶴は放課後ほぼ毎日、音楽室に訪れている。


「どうぞ。沖田先輩」
「ありがとう。失礼しまーす」


ご丁寧に挨拶までして中に入ると、千鶴は窓辺にあるピアノに向かって行った。
そして椅子に座ると、さっきまで大事そうに抱えていた本を開いて静かに鍵盤に指先を当てる。


「………っ!」


指先が動けば奏でる音が綺麗で心地よくて、沖田は驚きを隠せずに目を開いていた。
今まで“誰も”知らない彼女がそこに居たからだ。
楽しそうに音を奏でる彼女の表情を見て沖田は急に胸が苦しくなった。

――――懐かしい様な気がして、遠い昔どこかでこんなふうな場面を見た気がして、
でもそれは夢の中でしかない。
…いや、夢が現実か分からないほど鮮明に憶えていた。



「…ち、づる…ちゃん……ちづ、る…―――千鶴」



沖田が名前を呼んだ瞬間…まるで時が止まったように千鶴が奏でる音が途切れる。
千鶴の指先は動かないまま、沈黙が続いた。そして…ゆっくりと沖田の方へ振り向くと、悲しそうな顔で涙を流す千鶴の姿が沖田の眼には映る。
一歩、また一歩と歩を進めて千鶴の元へ行くと…触れればと壊れそうな身体を震える手で抱きしめる。



「――総司さん」



あぁ、やっぱり気のせいでは無かった。
どこか懐かしい感じも、どこか見た事があるような場面も、やはり気のせいでは無かった。


「千鶴…また巡り会えたね。」
「はい…やっと。」




―――生まれ変わっても、来世もまた巡り会おう。



激動の時代が幕を閉じ、安息の地を求め小さな村の家で幸せな日々を過ごしていた頃。羅刹と結核に身体を蝕まれていても、共に居たいと互いに願わすには居られなかったあの頃。
縁側に二人寄り添いながら、約束したあの言葉を今でも二人は憶えていた。




――そしてね。千鶴、僕が君の名前を呼んだ時、君はこう言うんだ。




「いつまでも愛しています。総司さん」
「あぁ、僕もだ。愛している、千鶴」




再び会えた喜びを、幸せを噛みしめながら温もりを求める様に唇を塞いだ。





輪廻、転生、求愛。