それ以上の想い





いつか・・・離れる時が来るから。
この気持ちには気付かないふりをする。
何も感じないようにする。これ以上、近付かないようにする。


「望美、桜でも見に行かないかい?」

春の京。
屋敷の庭でヒノエに声をかけられて、望美は振り向く。

「ん〜・・・・・あ、じゃあ皆も誘って行こうよ。」

そう言うとヒノエは眉を下げて薄く笑う。少しだけ寂しそうな顔。
望美は明るく笑う。
すると、ぱしっと唐突に手を取られる。

「まったくつれないねえ、姫君は。二人で行けばいいじゃん。」

にこっと笑ってずんずんと先を歩いて行くヒノエ。

「え!ちょっと、ヒノエくん!やだ、待って―」

「俺と二人じゃ嫌かい?」

歩いたまま、振り向かないで言う。
少しだけ声のトーンが低い。
望美はヒノエの後ろ姿を見つめながら口を開く。

「嫌じゃ・・・・ない、けど・・・」

ヒノエが振り向く。

「ならいいじゃん。」

その瞳はかすかに揺れている。
望美はヒノエの顔から、視線を少し下にずらして、うん、とうなずく。



そよそよと風に吹かれて、桜の花びらが舞う。
穴場だというここには、ほんの数人、人がいるだけだった。
望美とヒノエはずっと手を繋いだまま、ここまで歩いてきた。
望美はちらりと繋がれた手に視線を送る。
すっ、とさりげなく手を離し、ヒノエから離れる。
桜の木の下まで歩いて見上げる。

「すごく綺麗ね。・・・・ありがとねヒノエくん。連れてきてくれて。」

見上げたまま言えば、少し後ろから、どういたしまして、と声が聞こえる。
急に、ざあっと強く風が吹いて、望美の髪を巻き上げる。そのまま髪は木の枝に絡まってしまう。

「いたっ!」

言うとヒノエが歩いてきて、絡んだ髪をほどき始める。
無言でほどくヒノエを望美はただ見つめる。
目の前にヒノエの顔と指。心臓がどきどきと脈打つ。

何も・・・・思っちゃだめ・・・・・。

無意識にしようと思えば思うほど、意識してしまう。
こんなに近くにいるのに、手を伸ばせば届く距離なのに、
でも、これ以上は許されない。

いつか・・・離れる時・・・・
その時がつらいから・・・だから・・・・

ぽろ、と
涙が落ちた。

「・・・はい、取れたよ姫君。良かった、髪も痛んでない・・・・」

ヒノエの視線の先に、涙をこぼした望美の姿。
望美は一点を見つめたまま、ただ涙を落とす。

「・・・望美」

呼ばれて、うっ、と顔をゆがめる望美。手で顔を隠す。

「だめだよ・・・・やっぱり、私―・・・」

もう駄目なんだ・・・その時を思うだけで、もう寂しい。悲しい。
もう・・・・・遅い。

「ヒノエくん・・・・・」

「・・・・ん?」

ヒノエは見つめたまま問い返す。
その優しい声音にさらに涙がこぼれる。

「私――・・・・・・」

ざあっと風が吹く。桜が大きく揺れ、花びらが舞う。

「わた・・・し―・・ひっく・・・・・・・・・・・・好きなの・・・・・ヒノエくんが―・・・」

想いを口にした瞬間、涙が溢れた。
ひっく、と息が切れる。

どうして・・・・わかっているのに抑えられない。
離れるのがつらくなるだけなのに、抑えられない。

「・・・・・・・・望美」

ヒノエは優しく呼ぶ。顔をあげた望美の頬を、両手でそっと包む。

「俺は・・・わかってたよ。望美の気持ちくらい、わかるさ。」

「ひっく・・・・・ひっ・・・・・・なん・・・で?」

ヒノエは切なく微笑む。

「俺も・・・同じだから。・・・・いつか、離れる時が来るかもしれない・・・でも・・・・」

二人、見つめあう。

「・・・・・・でも・・・・俺は望美が好きだよ。離れる時がつらくても・・・そんな事、考えられないくらい、好きなんだ。・・・つらいとか、悲しいとか・・・それ以上に・・・・。」

ヒノエの瞳が揺れる。
望美はぼろぼろと涙を流す。
そして二人、強く強く、抱きしめ合う。

いつか、離れる時が来ても、
この温もりが二人を繋ぐ。

この想いが、
二人を繋ぐ。