はあ、はあ、と自分の息が荒いのがわかる。

暗がりの中、千鶴は建物の陰に隠れて、息を整える。
路地の隙間から通りに目をやると、先ほどの男たちがフラフラと酔っぱらいの足で千鶴を探していた。



「・・・・・・・」

息をひそめて、さらに奥に身を隠そうと足を後ろに踏み出す。
――と、
足元からガタン!と大きな音がたつ。
見ると、木の板が落ちていた。
どうやら足元に木の板が立てかけてあったらしい。

「あっ!」

やばい!と思って通りに目をやると、案の定、男たちがこちらを見ていた。

「そんなところに隠れてたのか〜?」

ひっく、と息を切らして路地にいる千鶴の手を引っ張る。

「や、ちょっと!!」

路地から引っ張り出され、
そのままぐいっと肩を抱かれて、無理矢理に歩かされる。
左右を違う男に囲まれて、逃げる術がない。

「なあに、祭りの夜だ。ちょっとくれえ酒の相手してくれてもいいだろー?」

ひっく、とまた息を切らす。
相当、酔っ払っているらしい。

「もー!やめてください!私、お酒の相手なんかしません!」

大きな声を上げると、不意に建物の裏から人影が現れた。

「その娘を放せ。」

その淡々とした声に千鶴は聞き覚えがあった。

「あぁ!?なんだ、てめえ!」

ゆらりと現れたのは、浅葱色の羽織姿。

「――斎藤さん・・・!」

その姿を見て、千鶴はほっと息を吐く。
斎藤はその声に振り向く。

「・・・・・・雪村?」

見つめたまま、斎藤は動かなくなる。

「し、新選組かよ・・・」

男たちの口調に正気が戻る。
浅葱色を見て、酔いがさめたらしい。
そのまま舌打ちをして、男たちは去って行った。

「斎藤さん、ありがとうございます。助かりました。」

千鶴は走り寄ってぺこり、と頭を下げる。

「・・・・・・」

無言のままの斎藤に、千鶴はチョイ、と浴衣の端を掴んで柄を見せる。

「これ・・・近藤さんにもらったんです・・・・。どう・・・・でしょうか・・・。」

斎藤に見せたくて一人で祭りに来た。
何て言ってくれるのだろうかと、心臓がドキドキと鳴る。

「・・・・・・あ、あぁ・・・」

「・・・・」

まるで何て言おうか迷っているように見える斎藤。

・・・私、何言ってんだろう・・・。助けてもらって早々、浴衣の感想を求めるなんて・・・

「あ、ごめんなさい、いきなり。・・・どうですか?なんて聞かれても困っちゃいますよね。」

俯いて、恥ずかしそうに笑う千鶴。
すいません、と謝る。
と・・・・・、

「似合っている。」

「・・・・・へ?」

唐突に口にする斎藤。
くい、と手を引かれ二人の距離が縮まる。

「似合っている。・・・・お前を助けたのが俺で良かった。」

「・・・え?」

言って、斎藤はちらり、と千鶴の浴衣に目を向ける。
ハッとして千鶴は斎藤を見る。

「あっ、そうですよね。他の隊士だったら、私が女だってことがわかってしまいますよね!」

よかった!と言う千鶴に斎藤は真面目な顔で

「いや、違う。お前のこの姿を、他の男になど見せたくない。」

まっすぐな瞳が千鶴をとらえる。
その言葉の意味を理解して、千鶴は顔を赤らめる。

「さ、斎藤さん・・・何言って――」

俯く千鶴を見て、斎藤はゆっくり微笑む。

「・・・これからも、俺だけに見せてほしい。」

言われて、千鶴はこくんと頷く。
それを満足そうに見て、斎藤はそっと千鶴を抱きしめる。

「まだ、祭りを楽しむのか?」

耳元で囁くように聞かれて、千鶴の体温が上昇する。

「あ、えっと・・・・」

顔を真っ赤にして腕の中で俯く千鶴。
それを見て斎藤はクスッと笑う。
ちゅっと耳に口付けてやれば、千鶴の肩がびくっとはねる。

「まだ楽しむのなら、・・・・そうだな・・・俺も、付き合おう。」

意外な言葉に勢いよく顔を上げる千鶴。

「いいんですか?」

「ああ。少しだけだが、それでいいなら」

千鶴はいいです!と大きな声で言って満面の笑みを浮かべる。

「・・・では行こう。」

斎藤が千鶴の手を取る。
そのまま、二人寄り添って、祭りの通りに歩いて行く。

ドンドンと太鼓の音が聞こえてくる。

祭りの夜は、まだ始まったばかり。







「京祭りの探し人・斎藤ED」