水難の相






「ん・・・あつ・・・」

苦しそうに声を発したのは、この旅の責任者、三蔵法師・玄奘。
小さなその体の上に、大きな体―悟空を支えて布団に埋まっていた。
外はまだ暗く、町も静まり返っている。

・・・どれくらい経ったでしょうか。

“怖い夢を、見た・・・・
しばらく、このままでいてくれないか? ”

そう言って、そのまま寝入ってしまった悟空。
寝息が聞こえ始めて、もうだいぶ経つ。
覆いかぶさっている悟空の体から、どうにか抜け出そうと、もぞもぞと体を動かす。

「ん・・・・」

耳のすぐ横から悟空の声が聞こえて、玄奘は体を強ばらせた。
・・・・・・・また、すうすうと寝息が聞こえる。

「・・・・暑い・・・ですね」

これだけ体を密着させていれば、当然互いの体温で体が熱くなってくる。

そろそろこの状況から抜け出さないと。

そう思い、先程からもぞもぞと体を動かしているのだが・・・・
さすがに体の大きい悟空を、しかも寝入っている彼を動かすのは不可能に近い。

「う〜・・・どうしましょうか・・・・」

・・・・それにしても
「暑い・・・ですね」

「ん〜・・・・あつい・・・」

つられたように悟空がだるそうな声をあげる。
そのまま少しだけ、体を玄奘の右側にずらす。

「悟空・・・?」

起きてしまったのかと思って顔を覗く。
・・・まだ、すうすうと寝息が聞こえていた。

「・・・・・」
でも、これなら悟空を起こさずに、ここから抜け出せるかもしれません。

体がずれたことで、先程よりは自由に体が動かせるようになった。
そ〜っと絡まった足を動かす。

「・・・・・・・っ!!?」

突然、ちゅ、と右耳に柔らかい感触がした。
次は耳の下、首。

「なっ!ちょ、ちょっと悟空!?」

見ると、目を閉じたままの悟空が玄奘の肌に唇を寄せていた。
どうやら寝ぼけているらしい。

「ご、悟空!」

真夜中のため大声は出せない。
抑えた、けれど強い声で悟空を呼ぶ。

「ん〜・・・も・・」

「?も?」

何かを言おうとしている悟空。

夢でも見ているのでしょうか?

「も・・・・も・・・もも」

「・・・・・・・・・・」
もも・・・・・桃?

「桃・・・もっと・・・・くれ、玄奘」

そう言ってぺろっと耳たぶを舐める。

「や、ちょっ〜〜!!」

ぐぐぐ、と悟空の肩を押しやる。
それでもまだ起きない悟空。
かぷっと、耳たぶを噛まれる。

「〜〜もお〜!悟空!起きなさい!!」

「もも・・・・・・」

「ちょ、悟空!」

「ん〜・・・」

それでも寝ぼけている悟空は、そのまま玄奘の体を抱き込んでしまう。

「きゃ!」

「・・・・・・・・・・・・」

突然のことに、ドキドキと心臓が鳴りだす。

「っ・・・・・・・・・」

・・・・・・すうすう・・・

「!・・・・・・・はあ。」

寝息が聞こえてきた。

「これは・・・・もう、抜け出せないかも、しれないですね・・・」

きつく玄奘の体を抱く腕。
しっかりと絡まった足。
おまけにさっきより近くで聞こえる寝息。

「先程より、暑い・・・・・はあ〜・・・・」

とりあえず、もう少しこのまま耐えようと決めた玄奘。

「これも修行だと思えば・・・・はあ・・・」
夜が明ける前には、抜け出す機会があるでしょう

しょうがない、と溜息をもう一つついて、玄奘は目を瞑る。

そうして、そのまま・・・

いつのまにか眠りについてしまった。






明朝。

そこには冷たい目で二人を見下ろす玉龍の姿があった。
すうすうと寝息を合わせる二人の姿。

「・・・・・・・・悟空、殺す。」

ちゃぷんと水音が響く。

悟空、本日、水難の相。