気持ち、揺れて
「おい、待て玄奘!」
ザワザワと人の波に押されながら、三蔵法師・玄奘は声の方を振り向く。
旅の途中で寄った町。
そこは大きな町で、活気があふれている。
今日はここで久しぶりに宿をとることになり、今は自由時間となっていた。
悟浄は食料の調達。
八戒は・・・・おそらく酒場。
白龍は町の周りを見てくると言って、どこかに行ってしまった。
玄奘は特に何もすることがなく、おいしい甘味屋でも探そうと思い、一人でフラフラと町を歩いていた。
そこへ後ろから声をかけられたのである。
「・・・悟空、どうしたのですか?」
よいしょっ、という感じで人込みをかき分け、悟空が玄奘のもとへ歩いて来た。
「――っと・・・はあ〜、ようやく辿り着いた・・・・。てゆか、どうしたのじゃねえ。少しは気を付けろっての。」
「気を付ける?」
はて?という感じで首をかしげる玄奘。
「だーから。お前また冥界に連れ去られてえのかよ。」
「・・・・あ・・」
数日前、玄奘は冥界にいた。
蘭花に連れ去られ、囚われの身となっていたのだ。
しかし、4人の仲間に助け出され、無事地上界に戻ってこられたのだった。
「しかもこんな人混みの中じゃ、妖怪がいたって気付いた時には手遅れになるぜ。」
「・・・・すみません。」
また自分が危険な目にあえば、仲間たちにも危険な思いをさせてしまう。
あれから玄奘は、その事を後悔していた。
なのに大きな町に来て、つい危険の事を忘れていた自分を反省する。
俯く玄奘に悟空は、ん、と言って手を出す。
「どこに行くんだ?ついてってやる。」
どこ、と言われても、ただフラフラ歩いて、甘味屋でも行こうかと思っていただけ。
少し考えていると、ぱっと手を取られた。
「夕方だからな。混んできた。手、放すな。」
そう言って悟空は玄奘の手をぎゅっと握りしめてくる。
途端、玄奘の顔がカッと赤に染まる。
気付かれないよう、俯いて悟空に引かれるまま道を歩き出す。
「行くとこねえなら、町でも見て回るか。」
ドキドキと、胸の奥が鳴る。
冥界から帰ってきてから、自分は変だ。
玄奘はそう思っていた。
悟空の近くにいるとなんでか落ち着かない。
触れると胸が高鳴り、呼吸が苦しい。
私はきっと・・・・悟空の事が――
修行の途中で、
天竺に大切な経典を取りに行く途中で、
こんな気持ちになる自分はおかしい。
この気持ちは、許されない気持ちなのではないか。
天に仕える者として、間違っているのではないか。
そう思っていた。
ザワザワと辺りの賑やかさが増してきた。酒屋に客が集まる時刻になってきたらしい。
人の多さに足元もおぼつかなくなる。
なのに悟空は自分の歩幅で人混みをかき分けていくものだから、玄奘はたまったものではない。
必死で手を握り、悟空の歩幅に合わせる。
「ちょっ・・・悟空・・・!もう少しゆっくり、歩いてもらえると・・・!」
「あ?」
周りの音に玄奘の声が届かない。
悟空は、なんだって?という顔で振り返る。
・・・と、玄奘の足が何かにつまづいた。
「!――きゃっ!」
ガクンと前に倒れかかり、そのまま悟空の腕に収まる。
「――あっぶね。おい、大丈夫か?玄奘。」
「は、・・・はい・・・」
心臓がバクバクと音をたてて、体温が上がる。
悟空の匂い、体温、心音。
その全てに反応してしまう。
「ちっ、だいぶ混んできたな。仕方ねえな。」
そう言って悟空は腕の中に玄奘を抱えたまま、通りの端に移動する。
そして前に玄奘を抱きしめた状態で、壁に背を預ける。
「・・・少しここで避難してるか。玄奘なんか窒息するぞ、この人ごみ。」
言って、腕の中の玄奘を見る。その顔はまさしく茹でたタコのように真っ赤になっていた。
「玄奘?」
「は、はい!?」
声が思いっきり裏返っている。
「ぶっ!くくく!なんだ?大丈夫か?」
「わ、笑わないでください!」
そう言って俯く玄奘。
その顔は相変わらず真っ赤。
「・・・・・・」
優しく微笑みながら、その様子を見る悟空。
なぜ、玄奘がこんなに真っ赤なのかは、言わずもがな。わかっている。
「・・・・・ごめんなさい・・・」
それでも、唐突に謝る玄奘には首を傾げるしかない。
「・・・・何のごめんなさい、だ?」
「・・・それは――」
「・・・・・」
「・・・・私の・・・・気持ちです・・・・。」
「・・・・・・・・・・は?・・・気持ち?」
聞き返すと、玄奘は小さく頷く。
「こんな気持ちは・・・・きっと持ってはいけないのです。修業中の・・・・身ならば、特に。」
「・・・・・・」
全てを言わなくても、その意味が理解出来てしまう。
悟空とはそうゆう男。
悟空の胸にあてた手を強く握り、きゅっと唇を結んで俯く玄奘。
必死で自分の気持ちを抑えて・・・
修業の道を踏み外すまいと。
その細い肩が震えた気がして、悟空は口を開く。
「・・・・お前は、色々我慢しすぎるからな。これ以上我慢すると禿げるぞ。」
冗談を言うような口ぶりで、でも優しく言う。
玄奘は俯いたまま、その言葉を聞いている。
その頭にポン、と手がのせられて、玄奘は顔を上げる。
「我慢すんな。それで、もし自分が許せないなら・・・俺のせいにすればいい。それくらい、全部受け止めてやるから。」
「・・・・悟空・・・」
この気持ちを、罪悪感を、悟空はわかってくれる。
わかってくれて、さらにそれを自分のせいにすればいいと、言ってくれる。
「・・・我慢すんなよ。俺は・・・・玄奘の気持ち・・・・嬉しい、から・・・。」
ポツリ、と言う悟空の頬が、ほのかに染まる。
「俺を・・・・諦めんな。」
「っ・・・・」
そう言う悟空の顔が必死で、心臓が跳ねた。
たまらず、玄奘はぎゅうっと悟空に抱きつく。
「おわっ!・・・・玄奘?」
「・・・はい・・・・はい、諦めないです。悟空。」
誰かを好きになることが、今の自分にとって罪だったとしても、悟空はわかってくれる。受け止めてくれる。
広い背中に腕を回すと、悟空の体温を全身で感じた。
きつく抱きついて来る玄奘を、悟空はさらに強く抱きしめ返す。
「玄奘・・・・」
小さく、声が耳に届いた。
「・・・・好きだ。」