日が沈みかけるこの時間帯。
どうしても・・・・心が沈んでいく。




優しさの欠片





なんとなく、今日は城下を眺めていた。

城の門を抜けて、政宗の許可が出されている石段の所まで来る。
“ここ”までなら、一人で来ても怒られない。
そこから城下を眺めると夕方だからか、皆、足早に家路につく様子が見られた。
耳を澄ませば「ただいまー」という声が聞こえてくるようだった。

“ただいま”

そう言えば返ってきた“おかえり”という言葉。
今はそれを聞くことが出来ない。
時が来るまで、この戦国の世から帰ることはできないのだから。

自分の居場所は、ここにはなかった。
どちらを向いても、他人だらけ。
帰る家も、そこは政宗の城。
自分の家ではなかった。

「・・・・・・ただいま・・・」

小さく言ってみる。
返ってくる言葉など、あるはずもない。
さわさわと風が吹き、の髪を揺らす。
気付けば、夕日もだいぶ深く沈んでいた。

「・・・そろそろ帰らないと・・・・・」

―――どこに?

「・・・・・・・・・」

知らず、目頭が熱くなる。

帰りたい・・・・お母さん・・・・・

じわり、と涙が浮かんだ瞬間、「Hey、」と呼ばれた。
すぐに誰だかわかる。
この世界で英語を話すのは、ただの一人きり。
ぐっと涙をのみこんで振り向くと、石段の一番上に政宗が立っていた。
藍色の着流しが夕日に染まって、違う色に見える。

「日が暮れる。門、閉めるから入れ。」

「・・・・はい。」

にこっと笑って階段をあがる。
足を踏み出すたび、砂を含む石段がザリザリと鳴る。
上がってくるを見て、政宗は先に門へと入っていく。

「・・・・」

そのうしろ姿を見たら、なぜだかすごく寂しくなってしまった。
まるで、置いてかれてしまうような感覚。
さっき耐えた涙が、我慢する間もなくこぼれた。
ほろっとこぼれた涙をすぐに拭い取る。
しかし、次から次へと溢れて止まらない。


いつまで経っても後を歩いてこないを不思議に思って、政宗は石段を振り返る。

「・・・・・・・」

そこには俯いて頬をするの姿があった。
肩を震わせて、時々ひっく、と体が跳ねる。

「・・・・」

ゆったりと石段の方へ戻る政宗。
の目の前まで来ると、そっとその体を包み込む。
あとは何も言わず、声を押し殺して泣くの背を撫でてやる。

「ぅ・・・・・ひっ・・・っく・・・・」

いつのまにか辺りは薄闇に包まれていた。

「ぅ・・・ま・・政宗さ・・ま・・・・」

「・・・・帰りてえか?」

「うぅ・・・・ひっく・・・うぇぇ〜・・・」

声をあげて泣き出すと、政宗はの体をさっきより強く抱きしめ、よしよしと頭を撫でる。

「・・・とりあえず、城に帰るぞ。日が暮れちまった。」

「・・・・ひっく・・・う・・・」

「・・・・・それとも・・・城には、帰りたくねえか?」

「う・・・・ひっ・・・ひっく・・・・」

肯定も否定もできなかった。
城ではなくて、家に帰りたい。
でも、今自分が帰る場所は政宗の城しかない。

何も言わない、その前髪に政宗はそっと口付けを落とす。

「・・・・・Let's return together.(一緒に帰ろう)」

「―――――」

その言葉に驚いて、はゆっくりと顔を上げる。
濡れた頬を政宗が指でなぞる。

「あんたの家は今はここだ。心配することはねえ。本当の家には、必ず帰れる。それまでは、俺の城に帰ってくればいい。」

「・・・・・・・政宗さま・・・」

薄闇に見えずらい政宗の顔が、それでも優しく微笑んだのがわかった。
うっとまた涙が流れる。

「・・・た・・・・ただいまって・・・言ってもいいんですか・・・?」

「Of course.なら俺はこう言ってやる。・・・“おかえり”」

その声が、いつもの政宗の張り上げる声ではなかった。
優しくて柔らかい。
包み込むような声の響き。

「――――ただいま・・・・!」

そう言って政宗に抱き付く。

そこは、今この世界で自分が唯一帰っていい場所だった。











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