夜。
その日は満月で、蝋燭の灯を消しても部屋の中は青白い光に包まれていた。
はまだ仕事をしている政宗を待たず、先に床に入った。
いつもはなるべく待つようにしているのだが、今日は・・・・先に寝てしまいたかった。

まだ、心の整理がついていない。
側室というのがどんなものなのか、この時代の女たちはどんな気持ちで好きな男に連れ添っているのか・・・・。
それをちゃんと理解したかった。

そんな事をもやもやと考えているうちに、だいぶ時間が過ぎてしまったらしく、廊下から足音が聞こえてきた。
聞きなれた音。
いつもなら嬉しくて、わざと寝たふりをしたり、廊下に出て出迎えたりするのだが、今日は・・・
寝ついていない自分に後悔した。





刹那の香りは、心に潜む。〜後編〜







カラと静かに開けられた戸。
部屋が暗くなっていた為、が寝ていると思ったのだろう。なるべく音をさせないように開けられた。

「・・・なんだ・・・寝てんのか」

小さな声が聞こえる。・・・・大好きな人の声。
政宗は静かに歩いて来ると、横向きに寝ているの背に、体をくっつけるようにして布団に入り込んだ。
そのまま、いつものようにの体に自分の腕を絡ませる。
それについは、ピクッと反応をしてしまった。
体の反応で、政宗はが起きていることに気付く。

「なんだ、起きてたのか?ったく。The mischievous girl,(いたずら好きだな)honey?」

言いながら政宗は、ぎゅっとの体を抱きしめてくる。

瞬間。あの香りがした。

――――嫌・・・・!

、こっち向けよ。」

ちゅっと耳たぶに口付けながら、政宗は掠れた声で囁く。



「っ――――」

ぐいっと肩を引かれ仰向けにされると、そのまま政宗が口付けてきた。
の耳辺りを撫でながら深く。

「んっ――・・・・っ」
――嫌・・嫌!

香りが・・・鼻につく。
誰かの香り・・・。私ではない、ほかの女性(ひと)の香り。

「ん・・っ・・・!」

政宗の胸を押す。
ぐっと力を入れると、その手を取られて布団に押し付けられる。
唇を合わせたまま、政宗は襦袢の合わせ目から手を滑り込ませて、の肩に触れる。

「んん!やっ・・・!嫌!!」

唇が離れた所で、は大きな声を出した。

「――?」

「ハアハア・・・・」

息を乱す彼女の目からは、ほろりと涙が流れていた。

「・・・お前・・今日、変だぜ?何があった」

「――――っい、嫌なんです・・・!今日は―――ごめんなさい・・!」

そう言っては布団を抜け出して、そのまま戸に向かう。

「おい、どこ行く!待て!!」

戸に手がかかる前に強く後ろに引かれ、足が止まる。
ふわり、とまた香った・・・。
その香り・・・それに嫉妬する醜い自分が、すごく嫌だった。

「っ―――嫌!」

つい声に出してしまった事を、ハッと口元を押さえて後悔する。
でも、もう遅い。

「・・・・そんなに俺が嫌か・・・?」

低く、静かな声が背にかかった。

「ち、ちが――」

否定しようとした瞬間、乱暴に振り向かされ、強く唇が重なった。
一瞬目に映ったのは、怒りの色を宿した政宗の瞳。

「ん!」

唇を重ねたまま力の限り抱きしめられたかと思ったら、ぐいっと抱きあげられ、そのまま乱暴に布団に下ろされた。
両の手をそれぞれ押し付けられて、先ほどよりも深く、強い口付けをされる。

「ん!――っんん!ふっ――」

ちゅっと唇が離れると、怒りと悲しみが混ざったような、深い青の瞳がを見つめていた。

「ま、政宗さまっ」

政宗は、ぐっとの首元に顔をうずめて、彼女の肩を強く掴む。

っ・・・」

ぐっと政宗の指が肩に食い込む。

「っ・・まさむ、ね・・・さま・・」

・・・!」

「いっ・・痛い・・・」

「――ふざけんな!」

硬く、強い声。その声に、びくっと肩を揺らす。

「あんたが・・・俺を嫌っても、手放す気なんかねえ!どんなに嫌がったって、あんたは俺のだ!絶対に逃がさねえ!」

「――――」

政宗の手が、かすかに震えていた。

「っ・・・」
私、・・・・傷付けてた・・・?
違うよ・・・ただ私は、その香りが―――

ボロボロと涙がこぼれた。
大好きな人を、傷つけてしまった・・・・

「ちがっ・・・違うよ、政宗さま・・・!私っ・・・・好きだよぅ・・・!」

「・・・・・・・・」

肩にあった手が緩む。そっと顔をあげて、政宗はを見る。
は両腕を顔の前で交差させて、泣いていた。

「うぅ・・・ひっ・・・・」

・・・」

「だって・・・!嫌なんだもん!ひっく・・・」

「嫌って・・・・何が」

「香り!」

「・・・・・香り?」

「政宗さまの・・その香り、大っ嫌い!」

「―――・・・・」

まるで子供だと思う。駄々をこねる子供。
でも、それ程には嫌だった。

政宗は少し考えたあと、ふと思いあたって「あぁ」と漏らした。

「この、香のことか?」

聞けばは、うん、と頷く。

「Ah〜そうか・・・・・」

政宗はガリガリと頭をかくと、苦笑いをする。

「sorry.悪かった・・・・誤解させたな。」

「・・・ひっ・・・・ご、誤解・・・?」

組んだ腕の隙間から、そっと顔を覗かせると政宗は唐突に、の背に腕を通し、ぐいっと彼女の上半身を起こした。
そのまま抱きあげて立ち上がると、おもむろに隣の部屋に続く戸を開け放つ。

「政宗さま・・・?」

「見てみろ」

「え・・・?」

見ると、その部屋の真ん中に、綺麗な薄い赤の着物が掛けられていた。
そこから香るのは、あの香りだった。

「ぁ・・・・・」

「今朝、仕立てあがったっていうんで、取りに行ってた。香焚いて、香り付けしてな。」

「・・・・これ・・・私、の?」

「Oh〜、!あんた以外に誰にやれって言うんだ?」

午前中、出かけてたのも、仕事が全然終わってなかったのも・・・全部?
「―――・・・・」

はぎゅうっと政宗の首元に抱き付く。

「明日の朝、見せてやろうと思ってたんだけどな。・・・・これ着て、花見に行こうぜ。

「ん・・!うん!・・・うん!!」

後から後から涙が流れて止まらない。嬉しくて嬉しくて・・・

「ありがとうございます、政宗さま・・!」

「・・・・You're welcome.・・・・・・。」

「・・・・・はい・・」

呼ばれて、は泣き顔のまま政宗を見る。

「・・・・・・俺には、あんただけだ。」

「――――」

「・・あんただけいればいい。他の女なんかいらねえんだ。」

「・・・・政宗さま」

「だから・・・・・・・・・ずっと、俺を愛してくれ。」

「っ・・・・―――はい!ずっと、ずっと・・・!」

「・・・・・愛してる、

「私も・・・・愛しています。政宗さま」

その言葉に政宗はふっ、と笑む。
がそっと政宗に口付けると、それに優しく応えてくれる。
政宗は、ぐいっと少し腕を揺らしてを抱き直すと、熱のこもった眼で見つめてくる。

「・・・・・・抱かせてくれ、

「―――は、はい」

緊張して答えると、今度こそ政宗は声をあげて笑った。

明日はこの香に包まれて、二人でお花見に行くことになりそうだ。






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