「しまった・・・」

そう発して佐助は自身の左目に手をやる。
と、そこからボタリ、と鮮血が落ちた。
瞼の上を深く斬ったらしい。
任務中にここまでの怪我を負ったのは久しぶりの事だった。
寸前の所で左目を失くさずに済んだ事に、知らずほっと息を吐く。

「・・・・・・」

・・・ほっとするべきではない。むしろ己が未熟さを反省すべきなのに・・・・。
佐助は「くそっ」と自身に悪態をついて、その身を闇に溶かした。







それはだって、好きだから。









「・・・・はあ〜」

深いため息のあと、は軒の向こうに広がる青空を眺めた。
縁側に座り、たらした足をぶらぶらとさせながら無心で眺める。

ここ上田城に居候をさせてもらってから、どの位たっただろうか。
ようやくこの時代の生活に慣れてきたこの頃である。

「・・・ふぅ〜・・」

本日、何十回目かの溜息。


――彼が任務に出かけてから、もうひと月が経っていた。

この城の人は皆親切だし、城主である幸村はが不自由なく過ごせるようにといつも気を遣ってくれる。
それなりに楽しく過ごしてはいるが・・・

「・・・佐助さん・・・・まだ帰ってこないのかなぁ・・」

どうしても佐助がいないと寂しく感じる。
この時代に落とされて初めて出会ったのが彼だったからだろうか。
それともあの、いわゆる“お母さん”気質の佐助の性格のせいだろうか。
とにかく彼の存在がをとても安心させるのだった。

「・・・・ちょっと幸村さんに聞いてこようかな・・佐助さんはいつ帰ってくるのか・・・。」

そう言っては幸村の所へと向かった。








        *







「・・え?佐助・・でござるか?」

中庭で鍛錬をしていた幸村が振り向く。
振っていた槍をおろして汗をぬぐいながらを不思議そうに見つめてきた。
その顔はきょとん、としていてすごく・・・可愛い。

「はい。あの・・いつ任務から帰ってくるのかな〜って・・」

「・・・佐助なら、もう三日ほど前に戻ってるでござる。」

「・・・・・・はあ!!?」
戻ってる!?

「・・なんだ知らなかったでござるか?この城のどこかに潜んでるであろう。探してみてはどうか?。」

「〜〜〜〜〜〜っっ」
なんで・・!
なんでええ〜〜〜!!?







「佐助さあーーん!!どこよーー!!」

幸村の所から離れるなりは大きな声で佐助の名を呼ぶ。
会いに来てくれなかった、という思いが声音に怒気として表れていた。
どたどたと廊下を勢いよく歩きまわりながら、そのまま忍びの住む草屋敷まで来る。
晴れた青い空に足首ほどに伸びた草が、サワサワと風に揺れた。
の心とは相反する景色だ。

「佐助さんてばーー!」

あの忍びの事だ。聞こえていないはずがない。
なのに一向に姿を現さない。

「佐助さん!」

の大きな声とは裏腹に、ピチチと鳥がさえずる。
・・・・・返事は、ない。

「・・・・・佐助さん・・・・」

だんだんに出て来てくれない佐助に、の気持ちが落ち込んでいく。

なんで・・・・三日も会いに来てくれないの・・?

俯いて、きゅっと下唇を噛む。
悲しくなって眼尻にじわり、と涙が浮かぶ。

「・・・・佐助さん・・・」

小さく呼ぶ。と・・・・

「ごめんねぇちゃん」

「!!」

どこからか声が降ってきた。
きょろきょろと辺りを見渡すが佐助の姿は見当たらなかった。

「佐助さん・・・どこですか?」

「・・ん〜・・・近くにはいるよ。」

「出てきてください・・・」

「・・・・あんまり・・・今は出て行きたくないな〜俺様」

「なんでですか?」

姿は見えないが声ははっきりと聞こえた。

「・・・・・」

「・・・佐助さん・・・出てきて?ひどいよ三日も・・・・私ずっと待ってたのに・・・・・」

じわり、と涙が浮かぶ。
ずっと待ってた。やっと会えると思ったのに・・・なのに姿を見せてはくれない。

「・・・・・ごめん」

「謝んなくていいから・・・・・」

ほろ、と浮かんだ涙が落ちる。
それをすぐに手で擦る。
胸の奥がきゅうっと苦しくなった。
声はこんなに近くに聞こえるのに、姿が見えない・・。

「・・・・会いたいよぅ・・・・・」

震える声で小さくが言った途端。ふわ、と風が動いた。

「――――!」

顔を上げるとそこには迷彩柄に橙の髪。
の体は佐助に抱き締められていた。

「・・・・・佐助さん・・顔見せてください・・・」

「・・・・だーめ」

「っだからなんでぇ?」

頑なに顔を見せまいとする佐助にうえ〜、と泣き声で問う

「・・・・・・・」

何も答えない佐助の体を、は力任せに引き離そうとする。
「んー!」と力を込めて、ぐぐぐ、と佐助の体を押すと、思ったよりあっさりと体が離れた。

「さ―――!」

見ると佐助の顔にはぐるぐると包帯が巻かれていた。
左目を庇うように巻かれた包帯。
その下に薄っすらと赤く腫れた肌が見えた。
その様子に一瞬で涙もひける。

「佐助さん!その傷・・・!」

言えば佐助はバツが悪そうに目を逸らした。
そして少し恥ずかしそうに苦笑いをする。

「あ〜あぁ・・・だから顔、見せたくなかったんだよ。」

「――――」

「こんな傷・・・・恥ずかしい・・」

「――恥ずかしくないですよ!大丈夫ですか!?」

「あ〜大丈夫大丈夫。・・は〜あ、俺様こんなに恥ずかしいの久し振り・・・」

「・・?」

一体何が恥ずかしいの?とは首を傾げる。
恥ずかしいなんて言う前に、にはその傷の方が重大だ。

「・・忍びが任務中とはいえ、こんな大きな怪我してたんじゃぁ・・・・・情けないにも程がある。」

最後の言葉は、それはそれは小さく聞こえた。

「・・・・・・」
それで・・。
「だから・・・・私から隠れてたんですか?」
情けない自分の姿を、私に見られたくないから・・・?

・・そう言えば佐助は眉を下げて、情けなさそうに笑いながら頷く。

「―――そんなの・・・」

言ってはそっと佐助の頬に触れる。

「・・・ちゃん?」

「・・・・よかった・・。無事で良かった佐助さん」

にこっと優しくが微笑む。

「・・・・・・ちゃん・・・」

佐助はフッと小さく笑うと

「・・・ごめんね心配かけて」

そのままはぎゅうっと佐助に抱きついて、会えなかった分の寂しさを埋める。
佐助もの体を、その腕で抱きしめた。

「・・・・・佐助さん・・」

「・・・ん?」

「・・・・・佐助さんは怪我しても全然情けなくないですよ」

「・・・・そう?」

「うん。だっていっつも・・・・・」

「・・・・・うん・・?」

「・・・・いっつもかっこいいですもん・・」

「―――・・・」

「・・・ね?」

「・・・・・・・あは・・・ありがと」

礼を言われてはにこっと笑った。


いっつもかっこいい―――


それにはね、理由があるの。


それはだって・・





―――――貴方が好きだから。