闇夜。
・・・・そう、そこはまさしく闇夜だった。
戦国時代の夜は、現代のような余分な灯りがない。
そのため夜になると、辺りは真っ暗闇になってしまう。
ある夏の夜のお話。
真夏の夜の怖いもの・佐助編
「・・・よし。」
そう言って、は敷き終わった布団をボスボスと叩いた。
ここは上田城の一室、にあてがわれた部屋。
その隅には一本の蝋燭が立っていたが、現代と比べれば、ほんのわずかな灯りだった。
さて寝よう、と枕の横に暑さしのぎの団扇を置いて、蒲団をめくりあげた瞬間・・・・。
ふわり、との目の端を何かが横切った。
「!!!?」
バッと振り向く・・・・が、そこには何もない。
「・・・・?・・・・・・ま・・・まさか・・・・!」
・・・・いる!
は直感的にそう思った。
ふわり、とまた白いものが横切る。
そしてそれは今度こその目の前に現れた。
「ひぃっ!!」
わさわさと羽ばたき、蝋燭の灯りの周りを飛ぶそれは―――
「いやあああぁぁぁぁ!!!!」
の大っっっ嫌いな“蛾”だった。
その悲鳴にドタンッ!と屋根裏から大きな音が聞こえて、ボスッとそこから落ちてきたのは、真田忍び隊の長、猿飛佐助だった。
「な、な、な、何!?どしたの!?」
「やだやだやだ!来ないでぇぇぇ!!」
「へ!?ちゃん、落ち着いて!」
逃げようとすれば何故かそれはの元へと寄ってくる。
こいつらは逃げる人のとこに寄ってくるんだ!
そんな習性があるのかないのかわからないが、少なくともはそう思っていた。
「いやぁぁぁぁぁ!!」
は、蝋燭の置いてある部屋の角とは逆の方向に下りてきた――否、落ちてきた佐助に思い切り抱き付く。
「うわ!ちゃん!?」
「虫!虫!蛾!蛾!」
「へ?な、何?蛾?」
「いやあ!!」
言いながらぎゅうっと首元に抱き付くの背を撫でながら、佐助は蝋燭を見やる。
と、そこには灯りの周りをフサフサと飛ぶ一匹の大きな蛾。
「ありゃ〜・・・これはデカイわ・・・。」
「どうにかしてください!佐助さん!!」
「あ〜あ〜、はいはい」
・・・・どのくらいその体勢でいただろうか。
騒ぎ疲れたに佐助が声をかけた。
「ちゃん、もう大丈夫。いなくなったよ。」
その声に、う?と顔をあげて蝋燭の方を見ると、いつ追い払ったのか蛾はいなくなっていた。
「なに、蛾が嫌いなの?まあ、好きな奴はあまりいないか。」
「蛾って言うか・・・・・蝶、が・・・・駄目なんです・・・・・」
バサバサ羽ばたくのが怖い、と小さな声で言うの目には、薄っすらと涙がたまっていた。
それを見て、佐助はくすっと笑う。
「俺様、ちゃんの声に驚いて落ちたよ。忍びなのに・・・。」
「え・・・」
その言葉に次はが笑う。
ごめんなさい、と言ってそっと体を離した。
「あの、ありがとうございました。すいません、騒がしてしまって・・・・・恥ずかしいです・・・。」
「ん、大丈夫大丈夫。どういたしまして。」
「・・・・・・」
そうしてはそう言ったきり。動くわけでもなく下唇を噛んだまま、じっと佐助の方に視線を送ってきた。
「・・・・何?まだ何かあるの?」
「ん・・・と・・・・・」
「・・・・?」
「もう・・・ちょっとだけ、いてくれませんか・・・一緒に」
「へ?」
「あ、あのだって・・・・まだ、虫いたら・・・嫌だし・・・・その・・・・・」
「・・・・・・」
恥ずかしそうに俯くを見て、佐助はにこっと微笑む。
「わかった。じゃあ俺様が見張っててやるよ。ちゃんが寝るまで。」
そう言うとは途端に笑顔になる。
それがまた可笑しくて佐助はくすくすと笑ってしまった。
ったく、どれだけ虫が嫌いなんだか・・・。
「ほらほら布団に入って。安心して寝な。」
もそもそと布団にもぐり込んだに声をかけると、ありがとう佐助さん、と返ってきた。
「おやすみなさい。」
夏が終わるまで、しばらくはの怖いものを払ってあげよう、そう思った佐助だった。
「・・・・いや、またあの声に驚いて落ちたら、それこそ笑い者だしね・・・。」
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