たまにすごく・・・

イライラする。



呼び名の魔法


それがきっと、想いの力。





「まつねえちゃーん!」

加賀の国、前田家。
今日も長閑なこの家に、風来坊の声が響く。

が前田家の世話になり始めてから、四ヶ月が過ぎようとしていた。
現代で女子高生を生業としていたにとって、日常生活の家事や洗濯をすべて手でやることに気が滅入ったのは言うまでもない。

「待ちなさい慶次ー!」

「・・・・」
またやってる・・・・

まったく仲の良い家族だと思う。
それはとても良いことだ。うん良いことだ、と思う反面。
たまにすごくイライラするのだ。

ちゃん!」

が庭で洗濯物を干している時のこと。
大きな声に呼ばれて振り向けば、これまた大きな体の男が身軽に走り寄ってきた。

「・・・・なに?慶次くん・・」
今の私は機嫌が悪いんだからね

「かくまってくれよ、まつ姉ちゃんに追われてんだー」

「・・・・」
また・・・・

その言葉を聞いて、は不機嫌に口を尖らせた。

また、まつ姉ちゃん?

「どこにでも隠れればいいじゃない。お手のものでしょー」

ふん、とが慶次とは逆の方へ顔を向けると、慶次はきょとん、との背を見つめた。

「なんか、怒ってんのかい?」

心配そうな声が後ろから聞こえる。

「べつにー」

もう一度冷たく言ってやれば、いよいよ慶次が顔を覗き込んできた。

「怒ってるだろ?。訳を言って。」

真剣になると、いつも名前に付いてる「ちゃん」がとれる。
それだけでの心はドキッと跳ねるのだ。

「・・・ずるい・・・・」

小さく言えば、慶次が首を傾げる。
大の大人の男なのに可愛く見えてしまうのはなんでだろう。

「慶ちゃん、だって・・・いつもまつ姉ちゃん、て・・・・・」

いつもいつも呼んでるから・・・ 、そこまで言って慶次も気付いたらしく、あぁ、と苦笑いをする。

「ごめんね。日常、いつもこれが普通で」

申し訳なさそうに言う慶次を見て、は罪悪感を覚える。

「・・・・」
こんな未来から急に現れた私が、人の家のことをとやかく言うなんて・・・なんて失礼な・・・・

「ごめん慶ちゃん、私わがまま言った・・・ごめんね、気を悪くしないで」

必死に謝るを見て慶次は少し驚いたような顔をする。
その後にすぐ優しい笑みを浮かべた。

「全然。気を悪くしないでって言いたいのは俺の方。」

なんで?と思っては慶次を見上げる。

「いつも仕事してるの所に逃げてくるのは、俺がの側に来たいから。
はいつも家事とかやってくれてるだろ?ありがたいんだけど・・・でもには・・・その・・俺の側にいてほしいんだ。
できれば一日中、俺の側に。」

「・・・・」

急に言われた言葉にはポカンとする。

「だけど・・つい・・・。邪魔してるってわかってるんだけど、ここに来ちゃうんだ。ごめんね。」

「慶次くん・・・」

「あーっと、待った待った。」

「え?」

「呼び方、それじゃないのがいい。」

「?」

「その・・・ちゃん付けの方が・・・・」

小さくもごもごと、彼にしては珍しく、恥ずかしそうに言う。

「・・・・!」

「呼んでくれる?ちゃん」

照れた顔で慶次は小さく首を傾げる。
はじっと慶次を見つめたまま「じゃあ・・・」と口を開く。

「じゃあ・・」

「・・・ん?」

私は・・・その呼び方じゃない方がいい―――。

「ちゃん付けは嫌だな」

って呼んで。

それだけで、不満も不安も、嫉妬でさえ、なくなるから。