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西の空に、橙の太陽が見える刻。
海からの生ぬるい風に乗って、磯の香りが流れてくる。
愛しい思いと、愛しい想い。
城下では、夕刻ともなれば皆せわしなく家路を急ぐ。
その流れに反して、海に向かう男が一人。
長曾我部元親は、自らが治める領地をゆったりと歩いていた。
「・・・どーこ行ったんだ?」
・・なんとなく、彼女の行くところはわかっている。
ふらり、といなくなったかと思えば、大抵彼女は浜辺にいる事が多かった。
“彼女”とは、元親が預かっている娘の事で、この時代とは違う時から流れてきた不思議な娘だった。
年が下なせいか、元親はまるで妹のように彼女の面倒を見ていた。
歩いていくうちに、ザザ・・ンと波の音が聞こえてきた。
風で肩に羽織った上着が強くはためく。
バタバタと揺れる上着を手で押さえながら元親は浜辺へと入ってく。
そこまで来ると塩の匂いは一層強く、海が夕日の色でキラキラと輝いているのが見えた。
・・・・そこに、一つの小さな影が落ちていた。
「・・・やっぱりな」
声は波の音にかき消され、元親が言う言葉も、彼女には聞こえないらしい。
髪が風になびくと、彼女はうっとおしそうに顔にかかったそれを払った。
何をするわけでもなく、ただ砂浜に座りこんでいた。
「・・那智」
呼べば、ぴくっと肩を揺らして振り向く。
「元親さん・・・」
「まぁた一人で散歩か?」
呆れたように言えば「うっ・・・ご、ごめんなさい・・・」と小さく返ってきた。
元親は「しょうがねえな」と表情で言うと、ふーっと大きくため息を吐く。
那智は申し訳ない顔をして、また海の方を向いてしまった。
「・・・・ほら、帰るぞ。暗くなっちまうぜ。」
そう言って那智の肩を背後からぽん、と叩く。
その肩がひやり、と海風に冷えているのがわかった。
「・・・もう、少しだけ・・・・」
「・・・・・」
そう言う那智の声は、ひどく寂しさを含んでいた。
―――この時代に来て、どの位たっただろうか。
海の向こうに自分の世界があるのだと考え、那智は寂しくなるとこうして海を眺めに来ていた。
それをわかっているからこそ、元親は早くここから立ち去りたかった。
帰れるかどうかもわからない遠い世界を思い、悲しむ那智の顔を見たくなかった。
いつでも笑顔でいてほしい。
「・・・・・」
元親は何も言わず、那智のすぐ後ろに座り込む。
「・・元親さん・・?」
顔だけ振り向く那智の体を、そっと後ろから包み込む。
「こんなに体、冷えてんじゃねえか。無理すんじゃねえよ。」
そう言って優しく那智の頭を撫でれば、ゆっくりと那智は元親に背を預けてきた。
こてっ、と元親の胸元に寄りかかる。
「・・・・ごめんなさい・・」
海を見つめたまま、那智がそう言う。
「・・・・・」
責めてるわけじゃねえ。
そう、元親は思った。
ただ一人で苦しむことはない、と。そういう意味で言った言葉だった。
悲しいなら正直に言えばいい。
寂しいなら、いつだってこうして抱き締めてやる。
泣きたいなら・・・俺を頼れ。
「那智」
「・・はい」
「・・・・・今度は、昼間に、・・二人で来ような。」
優しく。普段の自分では考えられないほどに、そう思いを伝える。
「・・・・はい。」
前を向いていて表情の見えない彼女の声は、少しだけ笑っていた。
それを聞いて元親も微笑む。
よしよし、ともう一度頭を撫でてやると那智はクスクスと笑いながら、くすぐったそうに肩をすくめた。
――この気持ちが、・・・この思いが、何なのか・・・・
「・・・・・おし、帰るぞ那智。」
「え?もう・・?」
「寒ぃんだよ!ほら!」
ぐっと那智の腕を引っ張って立たせると、手を繋いだまま家路につく。
――その想いに気付くのは、もう少し先の話。
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